文字数 994文字

 酒場では、既に話題になっていた。殆どの人が、季節の冗談と捉えているようだった。もしかすれば、キラトを目撃したハルト本人も信じられない気持ちに変わっているかもしれなかった。それでも、わたしのように疑っていない者もいただろう。
 カウンター席で三杯目を注文した頃だった。古い友人を探し出せた。出会った頃から皆が【東に住む隠者】と、カンデを通称で呼んでいた。昔から評価の分かれる男だった。それでも、カンデとの会話は面白かった。相手を喰ったように語る癖と含蓄は疎ましかったが、それ以上に時間を潰す相手としてなら最適だった。後ろを通り過ぎるふりをしてわたしから声を掛けた。
 「まぁ‥‥、誰かと思えば。」
 独り黙々と赤い葡萄酒を飲んでいたカンデは、酔った目をむけて苦虫を噛み潰した表情で肩を竦めた。
 「何時からいるの。」
 「‥‥神代から既に、ここにいる。」
 昔からこのようにしか話せない男だった。その返事を聴きながらわたしは、最後に会った日の出来事を想い返した。
 「そぅ。君は、昔からそうね。」
 「‥‥これからもだ。」
 カンデは、わたしの真意を測りかねて疑い深く警戒し向かいの席を示した。わたしは、新しい葡萄酒を注文して勧めてから話を切り出した。
 「今でも、許せない男がいるかしら。」
 「‥‥愚問だ。」
 カンデが、用意していたように即座に答えた。予測していただけに、その後に続ける言葉は容易だった。わたしは、顔を寄せて耳元で尋ねた。
 「‥‥。」
 「‥‥アンタも、許されると思っていないだろう。」
 カンデは、わたしから身を引いて反対に尋ね返した。押せば踏ん張るくせに、引いても寄ってこない性格は面白いだけで済ませられなかった。
 「わたしは、女ですからね。」
 「‥‥まったく、これだからアンタも質が悪い。」
 顔を顰めて酒を飲み視線を外した。わたしは、テーブルに覆いかぶさるようにしてカンデの耳元に囁いた。
 「‥‥止せよ。‥‥聞かせるな。」
 カンデの顔色が、一瞬だけ変わったのが嬉しかった。わたしは、畳み掛けるように相手の目を覗き込んだ。
 「約束よ。昔の貸しがあったでしょう。」
 「‥‥卑怯とは言わないが、仕事として受けておく。」
 カンデが同意しなければならないように仕向けた。それで、わたしの目論見は達成でき、その日のすべての計画を終えた。

 翌日、珍しい知り合いの使者が現れた。晩餐に出向くことにした。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み