めぐり逢う季節に 【一日の終】

文字数 1,931文字

 二枚目のマルガリータの肖像画は古城の火災の後に画家の手で修復され今も行方が定かでないと、Mは話を続けた。
 「火災の後、身勝手な噂が広がったの。回廊に掛けられる肖像画を誰かが火の中を持ち出したとか、古城と一緒に燃えてしまったとか、絵そのものが元々から存在しなかったとか、真しやかに言いふらす人もいた。でも私共が画家のアトリエで目にしたのは、間違いなく二枚目の肖像画でした。あの絵は……、危険に思えた。不可解なのだけれど生きてるって感じ。可笑しいでしょう。あの感覚って、何だったのか。」
 Mの語りが絵に対して不快な躊躇を抱いていると感じたからだろう。唐突な思いに至り私は率直な見解を求めた。
 「その絵は、見なければよかったと考えますか。」
 Mは、質問の真意を探るかのような視線を向けて逆に尋ねた。
 「人の話題に上がるのは、それ自体に意味を持つからでしょう。人それぞれですが、そう思いませんか。私が否定的に捉えていると感じさせましたか。」
 Mは、実際に観た肖像画の印象を続けた。幼少の頃から画家を志したリアナが、その肖像画とめぐり逢い研究者の道に変更する決心の話を聞かされた私は、その絵の持つ力を改めて教えられる思いがした。
 「リアのように技術的な評価はできないけど、私は画かれるマルガリータが秘める精神性に戸惑ったのだと思いますが。今でも私の中で評価に迷っているのはどうしてでしょうか。画家はマルガリータの何かに気付いたから、描き表したのだと思うのだけれど。」
 Mは、昔の光景を思い出すような遠い目をしていた。
 「その後、リアは幾度もアトリエを訪れた。修復が長引いたのか、別の理由があったのか、長くアトリエに置かれたままでした。画家が失踪するのと前後して消えたと聞きます。」
 Mの話を聞くうちに二人の将来に影響を与えた不思議な魅力がある二枚目の肖像画を観たい思いが増し私は、率直に質問した。
 「それら三枚の絵は、観ることができますか。」
 「最初の絵は、ルーミナイが撮影しているのなら何処かにあるのでしょうから、運がよければ可能でしょう。絵が貴方を求めるならば、と言っておきます。二枚目の絵は、無理でしょう。これから先も、誰の目にも触れられないまま何処かで有り続けるのかもしれません。」
 Mの言葉は、祈るように聞こえた。
 「ですが、三枚目の肖像画は誰でも合うことができますよ。」
 ドナの館の敷地内に併設されている礼拝堂で飾られる肖像画についてMが語った。
 「リアは、その肖像画を観てもらいたかったのかも。」
 三枚目の肖像画のモデルが歌姫ルーミナイだとMから教えられた。ルーミナイの肖像画であると知っても私は、驚かない自分が不思議でなかった。話の流れからそのように帰着するのを想像していたからだろう。躊躇わずに確かめた。
 「三人は似ていると、受け取ればいいのですか。」
 「どうでしょうか。私が実際に話したのは、ルーミナイだけです。マルガリータは、遠目に見ただけだし、アリアは伝えられる逸話だけの人物だから、推測しかできないけど……。」
 Mの言葉は、正確で偽りがなく伝わっていたのだ。
 「同じ構図で描かれて衣装装飾も一緒だから、雰囲気は似るだろうけれど、それは二次的なものに過ぎないのでしょう。。……見た目の年齢も顔立ちも髪の色も違うけれど、精神性が似ていたのかもしれません。」
 推察する先々で絡む私の拘泥を示唆し導こうとするMの意思が分かり、それ以上の言葉を繋げなかった。私は、その場を閉じるように終えた。
 「シルビアさんとお会いするのを楽しみにさせてもらいます。」
 その夜は、最後の舞台が幕を下ろすまで長居した。
 店前でMを待っていたのが昼間に使ったタクシーだった。Мは、改めて運転手を紹介した。
 「【港のレド】って人に聞けばすぐにつかまるから。ぜひ使って下さいね。」
 「貴方の厚意として受け取っておきます。」
 「もう、私たちは友人ですから。遠慮しないで。」
 Mは、レドのタクシーに乗り込むともう一度約束をした。
 「シルビアは朝が早いの。レドを迎えに寄越します。」
 タクシーを見送り私は、降り続く小糠雨の中をホテルまで歩いた。

 長い一日も終わり、次々と起こる事柄に気持ちが浮ついていたのだろう。浜辺での有意義な出会いと十分に伝わる出来事とを思い返す余韻に浸り眠りにつけた。歌姫ルーミナイの写真の個展から始まる旅が行く末の光明へ辿り着けるようで充実感に満ちるのだった。
 『期待せずに考えなければ。素直に見えるものを見て、聞こえるものを聞き、先ずは受け入れればいいのだ。あの写真とのめぐり逢わせが、大切な始まりであるのなら。』
 その思いに至りながら、辛く哀しい夢を見た。
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