そして、物語を呼び寄せる

文字数 752文字

 早朝の散歩を明日に控えて、わたしは花屋に出向いた。
 海辺の町に来て初めて使った店だった。敬愛する女性に花を贈る行為が尊いのを気付かせてもらった店でもあった。今でも、最初の買い物を覚えていた。エリザが好む花の理由を知ったのは、それから何年か後になってからだった。
 あれから、その店とは長い付き合いになった。
 店員の顔ぶれは変わり、わたしを知る人も少なくなった。新人の娘が、閉店間際を任されていた。用意されたお供え用の花を奥から恭しく取り出した。何か言い含められていたのだろう。見ていて可哀そうなぐらいに緊張していた。
 店先に並んだ野辺花の香りが、懐かしかった。豊かな気持ちに感謝して、その花を別に包ませた。若い娘の慣れない手つきが、わたしに昔を思い起こさせてくれた。
 わたしは、密かに心の中で願った。
 『貴女の未来が、素晴らしいように‥‥。』
                               【追憶に抱かれ】編 完


そして、物語を呼び寄せる
 最近、思えるようになった。もしも、マルガリータが生きていれば、どのような日々を送っているかと。生き急ぐ若い姿を想い帰せば、有り得ない話だった。それでも、妙齢になった容姿を想像して、少しばかり微笑むことができた。
 わたし達が見ていた姿は、創り出した幻影だったのだろう。どう思うとも、彼女の生きた日々から派生する伝説は、時と共に独り歩きしていくのだ。そのことに否定はしないけれど、そのような物語を残す生き様だった。
 これから先もドナが見ようとしたものを捜したい気持ちはあるけれど、叶わないことなのは気付いていた。
 今でもわたしの中では、笑って泣いて怒って悲しんで理屈を捏ねて我が儘を見せながら困らせる可愛い女子でしかなかった。
 それが、マルガリータだった。
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