15

文字数 927文字

 迎えの車が到着するまで、少し浮つき迷っているのが苛立たしく思えた。気持ちが落ち着かないときに、何故か昔の知り合いとの短い会話を想い出した。一人で本を読み耽る人見知りする女子だった。
 或る日の昼下がり、彼女は閉じた本を手に物思いに慕っていた。その様子が珍しく、わたしから声を掛けた。
 ──面白くない本なの。
 ──‥‥どうかな。これ、小さい頃に母から貰った本なの。忘れていたわけじゃないのに、本棚に並べたままにしていた。
 彼女は、少しばかり自分の言葉に困惑していたが、後悔していない声音だった。
 ──‥‥どうしてだったのかな。最近になって読み始めたの。
 わたしには、有り得ないことだった。わたしは、彼女を嫌っていた。最後まで彼女は、気付いていなかっただろう。
 『あぁ‥‥、もぅ、嫌だ。』
 わたしは、否定したい思い出を押し戻するように心の中で嘆いた。

 店まで迎えに寄こした車は、エリザ本人が運転していた。
 「浮かない顔をしているのね。」
 訳なくわたしの心境を見抜き言葉にして遠慮なく踏み入るような女だった。
 「思い出に引っ張られると、人生はつまらないでしょう。」
 「つまらなくてよ。」
 わたしは、強がって見せた。少し年上のエリザの前では、若い頃に出逢ってから強がり肩肘を張ってばかりいたのだ。不器用な融通の利かないわたしを辛抱強く実の妹のように接してくれた。お互いが独身だったからか、付き合いは長く続いていた。
 「それで、今夜はわたしに御用なの。」
 わたしは、少し焦らせてみたくなった。エリザが口元を綻ばせた。わたしの気持ちの余裕を計るように見詰める時は、昔からエリザは意地悪で手に負えない優しさを見せた。
 「そうなのでしょう。あなたが。」
 そのエリザの言葉が、わたしの迷いを少し楽にしてくれた。目を伏せて小娘のように目頭を熱くした。この数日が遠くに還っていくように思えた。
 この数日の変化に戸惑うわたしを気遣っていたのだろう。
 エリザは、わたしを試すような目をしていた。言葉に少しの労わりを見せた。
 「わたしには、どうでもいいことだけど。」
 わたしは、それ以上話すと泣き出しそうだった。

 「ねぇ、泊っていきなさい。」
 わたしは、エリザの誘いを断れなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み