文字数 1,133文字

 朝まで開いている港近くの店に行こうと、誰かが言い出した。車に乗り込むと、何時の間にかもう一人見かけない若い娘が増えていた。ライドの知り合いだと気付いたが、目で挨拶を送るだけにした。
 「ロサンは、置いていくか。」
 ライドが一方的に言って、わたしに道を指示した。
 「愛しの奥様が怒っているぞ。」
 「大丈夫。もぅ、寝ているさ。」
 強がって見せてもロサンの言葉は、迷っていた。わたしは、言われなくてもそのつもりだった。軽快に車を操り丘陵を巡り港町に向かった。丘陵の途中で古城に灯りが見えたように感じて、もう少しで崖から車を落としそうになった。
 「‥‥俺らを、試すなよ。」
 ライドは、低く笑い運転を褒めた。
 「そういえば、昔、この辺りで車を落とした奴がいたな。」
 「知っている。」
 ロサンがライドの話に飛びついた。
 「あれは‥‥。」
 「言わないの。好い男は。」
 わたしは、冷たく遮った。自分の罪を並べて晒すほどにロサンは、泥酔しているようにも思えた。若い娘が、興味深い眼差しを向けていた。
 「後で、ライドから聴きなさい。面白いかどうかは、貴女の受け取り方次第だけれど。」
 わたしの言葉で、母娘ほどに歳の離れたサライと友達になれた。
 ロサンが結婚を機に購入した高級アパートの少し手前で車を停めた。車から押し出されてもロサンは、未練を残した。
 「部屋の灯りが見えるぞ。愛しの奥様がお待ちだ。」
 ライドが、心底から楽しそうに揶揄った。最上階の出窓から零れる灯りは、暖かく眩しかった。
 「朝までいるんだろう。後で、顔を出すよ‥‥。」
 ロサンの言葉を最後まで聞かずに車を出した。

 港が見下ろせるダンスホールは、賑わっていた。生演奏が珍しいのかアレンは、高揚した視線を泳がせた。
 「貴男の町には、もっと華やかなホールがあるでしょう。」
 わたしの質問に真面目に答えるアレンが可愛かった。だから、わたしの方から踊に誘った。
 年の離れた男子と踊りながら、長く若者と抱き合っていないのを想い返し含み笑った。
 「‥‥すみません。下手ですね。」
 アレンが詫びた。若い男の勘違いにわたしは、優しく言葉を向けた。
 「真面目ね。お仕事も、そうなのでしょう。」
 古城の大事な修復の仕事を任せられる技量を持つ若者に興味がわいた。あの頃のわたしは、古城を一度も訪れなかった。主からの招待がなくても、立ち寄れば歓待されただろう。今でも、行かなかった確かな理由を並べることは出来ないが、それで好いと思えるのだった。
 そのような思いの中で、若者の仕事を観てみたい気持ちになったのが面白かった。
 「難しい仕事なの。」
 「とても大変です。ですが、遣り甲斐のある依頼です。」
 アレンの真摯な話し方を聞くだけでも貴重だった。
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