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文字数 1,474文字
アレンと二曲を踊り終えた後、久々にライドから誘われた。
ライドのリードは、わたしが知る限り二番目に上手い男だった。安心して身を委ねられた。
「誰からの仕事なの。」
わたしは、尋ねてみた。
礼拝堂の修理を請け負う責任者のライドは、秘匿義務を弁えていた。その上で、あえて隠し立てをしないのは、わたしを信頼していたからだろう。
「隠す必要も、指示も、契約にないからな。」
ライドの口から注文主の名前を聞いた瞬間、わたしは呪いの言葉を胸の中で放っていた。それでも、顔色を変えずに本心から言った。
「懐かしい名前だこと。」
「そうなのか。俺は、知らなかった。」
ライドは、正直だった。それ以上深くを考える気力が萎えた。わたしには、最早どうでもいいことだった。
「見学に来るなら。迎えに行かせるよ。」
「‥‥わたしが。」
わたしの声の調子が、芝居がかっていたからだろう。ライドが珍しく目を丸くして笑った。
「悪かった。忘れてくれ。」
「ところで‥‥。もしかして、彼女。貴男の事務所にいる娘でしょう。」
ライドは、隠すことなくサライの素性を打ち明けた。
「知り合いの大事な預かりものだからな。身近に置く方が、悪い虫がつかなくていいだろう。」
サライの母親の顔が思い浮かんだ。父親に似たのだろう。通り過ぎる男を振り返らせるほどに容姿が整っていた。
「性格もいいぞ。欠点は、考え過ぎるところかな。そこは、母親と同じた。」
ライドの伴侶とサライの母親が親友だったのを想い出した。若い頃に知り合った日から、わたしと距離を置く女の集団だった。わたしが海辺の生まれでなかっ理由よりも性格的なものだったと、その頃から判っていた。わたしは、女友達よりも男友達といる方が楽しくて面白かった。そのようなわたしの気持ちを感じ取って距離を置く女達が多かった。
軽い酒を呑みながら、その後も踊った。控えめなサライが従順に見せながらもアレンのリードに上手く合わせる姿に感心した。
「‥‥好い子なんだ。」
わたしの呟きにライドが反応して視線を移し言った。
「二人共、好い子だよ。」
「相変わらず、お節介ね。」
わたしは、軽く笑顔を返した。
「それで、息子さんは、元気なの。」
都会の大学院を出てそのまま向こうで就職していたライドの一人息子を想い出した。アレンやサライと近い世代だった。幼い頃から利発で、父親と容姿がよく似ていた。
「便りがないのは、元気な証拠だ。」
ライドは、苦笑しながら話した。
「今年に入ってから一度帰ってきたかな。女房が寂しがって機嫌が悪い。」
「そぅ、ご愁傷サマ。」
わたしは、ライドの伴侶と最初から話が合わなかった。物事の見方も違うし、考える捉えようが独特で利己的だった。
「建築デザインをしていたかしら。」
ライドの息子の仕事が、雑誌に特集されていたのを読んだことがあった。
「奥様は、家業を継いでほしいのでしょう。」
「俺とは、違うからな。」
ライドは、そう言って苦笑した。
「彼奴の性格では、現場は無理だ。」
「親バカね。」
わたしは、率直に言った。ライドには、昔から言葉を飾る必要をしなかった。裏表ない性格が、わたしの気持ちを安心させたからだろう。
「そういうことだ。」
ライドが、陽気に受け応えてから尋ねた。
「そういえば、ロサンの奴。ここ数日、何に慌てているんだ。」
「他に心配事がないからでしょう。」
わたしが小さく溜息まじりに答えると、それ以上ライドは話を被せてこなかった。
朝まで踊るには、少し気力と勇気が失せていた。ライド達を残して先に帰った。
ライドのリードは、わたしが知る限り二番目に上手い男だった。安心して身を委ねられた。
「誰からの仕事なの。」
わたしは、尋ねてみた。
礼拝堂の修理を請け負う責任者のライドは、秘匿義務を弁えていた。その上で、あえて隠し立てをしないのは、わたしを信頼していたからだろう。
「隠す必要も、指示も、契約にないからな。」
ライドの口から注文主の名前を聞いた瞬間、わたしは呪いの言葉を胸の中で放っていた。それでも、顔色を変えずに本心から言った。
「懐かしい名前だこと。」
「そうなのか。俺は、知らなかった。」
ライドは、正直だった。それ以上深くを考える気力が萎えた。わたしには、最早どうでもいいことだった。
「見学に来るなら。迎えに行かせるよ。」
「‥‥わたしが。」
わたしの声の調子が、芝居がかっていたからだろう。ライドが珍しく目を丸くして笑った。
「悪かった。忘れてくれ。」
「ところで‥‥。もしかして、彼女。貴男の事務所にいる娘でしょう。」
ライドは、隠すことなくサライの素性を打ち明けた。
「知り合いの大事な預かりものだからな。身近に置く方が、悪い虫がつかなくていいだろう。」
サライの母親の顔が思い浮かんだ。父親に似たのだろう。通り過ぎる男を振り返らせるほどに容姿が整っていた。
「性格もいいぞ。欠点は、考え過ぎるところかな。そこは、母親と同じた。」
ライドの伴侶とサライの母親が親友だったのを想い出した。若い頃に知り合った日から、わたしと距離を置く女の集団だった。わたしが海辺の生まれでなかっ理由よりも性格的なものだったと、その頃から判っていた。わたしは、女友達よりも男友達といる方が楽しくて面白かった。そのようなわたしの気持ちを感じ取って距離を置く女達が多かった。
軽い酒を呑みながら、その後も踊った。控えめなサライが従順に見せながらもアレンのリードに上手く合わせる姿に感心した。
「‥‥好い子なんだ。」
わたしの呟きにライドが反応して視線を移し言った。
「二人共、好い子だよ。」
「相変わらず、お節介ね。」
わたしは、軽く笑顔を返した。
「それで、息子さんは、元気なの。」
都会の大学院を出てそのまま向こうで就職していたライドの一人息子を想い出した。アレンやサライと近い世代だった。幼い頃から利発で、父親と容姿がよく似ていた。
「便りがないのは、元気な証拠だ。」
ライドは、苦笑しながら話した。
「今年に入ってから一度帰ってきたかな。女房が寂しがって機嫌が悪い。」
「そぅ、ご愁傷サマ。」
わたしは、ライドの伴侶と最初から話が合わなかった。物事の見方も違うし、考える捉えようが独特で利己的だった。
「建築デザインをしていたかしら。」
ライドの息子の仕事が、雑誌に特集されていたのを読んだことがあった。
「奥様は、家業を継いでほしいのでしょう。」
「俺とは、違うからな。」
ライドは、そう言って苦笑した。
「彼奴の性格では、現場は無理だ。」
「親バカね。」
わたしは、率直に言った。ライドには、昔から言葉を飾る必要をしなかった。裏表ない性格が、わたしの気持ちを安心させたからだろう。
「そういうことだ。」
ライドが、陽気に受け応えてから尋ねた。
「そういえば、ロサンの奴。ここ数日、何に慌てているんだ。」
「他に心配事がないからでしょう。」
わたしが小さく溜息まじりに答えると、それ以上ライドは話を被せてこなかった。
朝まで踊るには、少し気力と勇気が失せていた。ライド達を残して先に帰った。