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文字数 1,322文字

 正午までは、少し時間があった。桟橋近くの屋台で食べ物を買って部屋に戻った。
 短い文章を書きながら気持ちの整理をした。旅と港での休憩が気分転換になったのか、文章が流れるように沸きあがった。ロサンが持ち込んだ煩わしさが癒される思いだった。
 『‥‥本人に逢えれば、聴きたい話が沢山あるのにね。』
 少し余裕が生まれていた。

 夜になって映画館に出掛けた。懐かしい昔の映画が再上映されていた。若い頃に一緒に行った顔が思い浮かんだ。あの時、誘われた私は時間潰しのつもりだったが、何時しか映像の中の異国の景色に魅入られていた。同行者の趣味と嗜好に感心して見直したのだ。
 年代を経ても、新たな発見と感動を呼び起こしてくれる作品だった。客席は数える程しか人影が見えなかったのが嬉しかった。一番後ろの席で鑑賞していたわたしは、最後に席を立った。出口で思いがけない男に会った。向こうもわたし以上に驚いたのだろう。挨拶も遅れた声音が可笑しかった。
 「‥‥どうしたんだ。」
 「あら、どうしたって此方が聞きたいわね。」 
 わたしは、笑みを返して昔の男友達のレオンに言い返した。
 「何時、帰って来たの。」
 「昨日。一週間の休暇だ。」
 海辺に実家があり、時々帰っている話を聞いたことがあった。
 「一人なの。以前に娘さんと来ていたでしょう。お見かけしたわよ。」
 レオンとよく似た顔立ちの神経質そうな少女だった。車窓からの記憶が蘇った。
 「あぁ、去年の夏か。何処で見ていたんだ。声をかけてくれればよかったのに。」
 「次は、そうするわね。」
 わたしは、笑顔で返したもののこれからもそうするつもりがなかった。
 レオンの海辺に帰郷して独りで映画を鑑賞する気持ちが察せられた。
 「時間、あるのでしょう。」
 映画館の近くの喫茶店に誘った。レオンは、席に着くと戸惑うように呟いた。
 「‥‥いつ以来かな。」
 レオンは、この先も想い出せないだろう。お気に入りの娘を追い掛けていた遠い昔のことだった。告白する日、たまたまわたしと会って店に入った。感受性の鋭い娘が好みだったレオンをわたしは、心の中で密かに同情していた。
 「奥様は、お元気かしら。」
 わたしは、一度だけ会ったレオンの年上の伴侶を想い返した。理想と現実の落差に呆れてしまったのだ。
 「海が苦手だと、仰っていたかしら。」
 「うん。そうなんだ。」
 レオンが言葉を濁した。わたしは、むやみに他人の家庭に踏み入る趣味を持ち合わせてなかった。それでも、会話の流れに使う話術としてなら心得ていた。

 昨夜の集いに姿を見かけなかった。若い頃からレオンは、声が掛かっても動かない性格の男だった。
 「昨夜、向こうの通りにいなかったかしら。」
 わたしは、試しに探りをいれた。レオンが用心深く肩を竦めて見せた。
 レオンの甘い飲み物の好みに呆れながら、神経質な仕草を面白く観察した。今でもレオンは、ハルトと連れ立って出かける数少ない男友達の一人だった。性格も嗜好も全てが正反対なのに仲が良かった。
 「戻る前に、一度逢える。」
 わたしは、レオンに約束させた。
 「連絡待ってるから。」

 次々に現れる昔の知り合いに警戒しながら、ロサンの妄想に惑わせられないようにした。
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