第4章 第3話

文字数 1,319文字

 極楽の湯のお陰ですっかり丸くなった彼等は酒が入ると聞くも涙語るも涙の営業部悲話を訥々と話し出す。

 自分達がどれ程頑張っても三ツ矢部長は絶対にそれを認めてくれない事。彼等が努力して得た結果を全て三ツ矢が持って行ってしまう事。やりたくない仕事を無理矢理やらされ抵抗すると倍ひどい仕事を押し付けてくる事。

 企画部の皆は呆然とそれを聞いている。俺は銀行時代にもっと苛烈な場面に遭遇していたので、なんだその程度かよとつい思ってしまう。あの頃は下手を打つと秘書が首を吊ったり車ごと港に沈んだりする案件もあった。上に行けば行く程更に卑劣な罠がそこら中に埋設されていた。俺の上司や部下の何人かはそのストレスに耐えきれず、職を辞したり自ら降格を申し出たりしていた。

 まだ死人が出てない分マシじゃないか、とは流石に言えず彼等の嘆きを聞いていると、女子社員の佐藤に対し、
『オンナはその身体使って男の倍仕事取ってこい!』
 と言い放ち得意先周りをさせているらしい。それだけでなく無理矢理接待ゴルフに連れて行き、生足生パンミニスカートで回らせたという。

 ブチッ。

 何かが切れる音がした。

「オイ課長。テメー自分トコの舎弟がそんな事言われてほっとくんか? コラ!」

 宴会場がざわめく。車亭? 社亭? 謝亭? 舎弟!

「テメー。今度この娘泣かせたら、木場に沈めんぞコラ!」

 更にざわめきが増していく。牙? 騎馬? 機場? 木場!

「俺だって… 俺だって言いたい事いっぱいあるんっすよお… あのクソ部長に… うっうっ…」
 突如、村松課長が咽び泣き始める。会場はシンと静まり返る。

「泣くんじゃねえ馬鹿野郎! 男が泣くのは親の葬式の時だけなんだぞコラ」
「す、すんません… で、でも俺…ひっく…」
「ったく仕方ねえガキだなテメーは。よし。今晩だけは泣け。アタシのこの胸の中で泣け!」
 と言うや否や、光子が村松の頭を胸に抱え込む。唖然とする。

「うわーーーーーん」

 流石にこれは… ドン引きだぞ光子おま… あれ? ど、どうしたみんな…

「さ、流石姐御…」
「なんと男らしい、いや女らしい!」
「伝説のクイーン。レジェンド降臨っ パシャパシャ」

 豪華な食事そっちのけで光子の周りに集まりだすではないか。
「こ、こら! 写真は止めろ! 人の女を写真撮るなー」
「ね、姐さん… 僕も泣いていいですか… ひーーーん」
「泣け泣けいっ 泣いて飲んで、明日を突っ走れコラー!」
「キャ〜〜 マジかっけー 私も抱いてえ〜〜」

 ったく… これが52歳になったばかりの大人のオンナのする事か…
「は? 52? ないない」
「40代だってば。この肌の張り〜 キャ」
「姐さん、お誕生日だったのですか!」
「「「姐さん、お誕生日おめでとうございやんす!」」」

 止めろお前ら… これじゃまるで反社会勢力の…

「えー、では僭越ながらこの老人めが音頭をとらせて頂きましょう」
 い、泉さん… アンタまで… って、アンタ、光子のちょっと肌けた胸元ガン見してんじゃねーぞ…

「えーー、それでわ。光子姐さん。お誕生日、誠に、おめでとう御座いますっ」

「「「「「おめでとう御座いますっ」」」」」

 かつてない満面の笑みで、
「バッキャローー、ありがとよーー」
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