第3章 第7話

文字数 1,528文字

 水曜日。
 二人の若き部下達のデート… もとい、出張の日。俺は週一となったリハビリの日。週末の車の運転のリハビリも兼ねて一人病院に向かう。

 地獄のリハビリの後の極上のマッサージを受けながら、ふと思い出し。
「そう言えば、先生は三葉物産に勤めていたんだよね?」
「そーっすけど」
「所属は何処だったの?」
「何かの間違えで営業部だよ、フツーに」

 俺は思わず起き上がってしまう。その拍子に先生の薄い胸の膨らみに顔を埋めてしまい、後日奥さんにバラすと脅迫を受ける。その口止めにいつか生ビールをご馳走することを約してから、
「同じ営業部にさ、三ツ矢って奴いなかった?」

 橋上先生がマッサージの動きを止める。大きな目が潰れるほど細くなる。

「三ツ矢。知り合いっすか?」
「ウチの会社の営業部長なんだけど… 先生、知り合い?」
「あの野郎…」

 かつて聞いた事のない地獄の底から湧き上がるような低い声に思わずブルってしまう。
「うわ… なんかゴメン…」
「あの野郎、金光さんになんかしたんすか?」
「いや。ただ、営業部の部員達にはあまり…」

 犬の糞に混じっている未消化の蝿の羽を眺める目付きで、
「そりゃそーだろうな。フツーに」
「え? どういう事?」

 彼女がかの超名門私立大学を卒業し入社後、新入社員研修を経て営業部に配属となった課の先輩が三ツ矢だった。10年前の話なので彼もまだ20代、営業気質丸出しのイケイケ系の社員だったという。

「私がこんなんだからー あんま営業向きな性格じゃないから、最初から全く合いませんでしたーフツーに」
「だ、だろうね…」
「もうあいつのやることなす事全てがウザくて。向こうも私のやることなす事全てが面倒臭かったでしょうねー。純水と重油くらい合いませんでしたわー」

 …… どんだけ合わねえんだよ… てか、純水ってフツーの水と違うの? とは聞けずに話を先に促した。

「まー、こっちも生意気だったんすけどー。下手に英語とか喋れっから」
「ま、商社マン…、いや商社パーソンだもんな。英検一級とか? TOEIC800点くらい取ったのかい?」
 あー、そーゆーの得意じゃないんっすよ、と頭をポリポリかきつつ、
「私、帰国子女なんっすよ。フツーに」
ワオ。またもや先生の意外性発見…

「で。海外の会社との商談とかで、アイツが熱く営業するんですけど、あんま英語上手くないんでネーティブ話せる私がフォローするじゃないですか、」
 ネーティブ英語。いつか聞いてみたい。そして我が社にヘッドハンティングしたい、俺の第二秘書として……

「ふむふむ」
「すると後で『俺の手柄横取りすんのかお前っ』なんて怒り出すんですよ。私がいなかったら契約取れなかったくせに」

 ちょっ 先生、痛いっす、力入り過ぎです、あざになっちまいます… いててて
「あ。すんません… つい力が… ま、そんなちっちぇー野郎なんっすよ、フツーに。でもね、段々私が仕事に慣れてきてあの野郎抜きで仕事纏めるよーになってくるとー」
「ゴクリ」
「邪魔し始めるんですわ。変な噂流したりして。『橋上はオンナ使って仕事取ってる』だの、『部長のセフレらしい』とか。アホくさ」

 思わず5秒ほど先生の尊顔を拝んでしまう。まあ、美人ではないが不細工では断じてない。どちらかと言えば、有り、だ。もし胸がもう少しあれば大有りだ。この思いは墓の下まで持っていこうと決める。で、それから?

「まー、シカトしてたんっすよ。相手にしないで。だけどある時、野郎やりやがったんです」
「ゴクリ。何、を?」

 ……

 酷い。酷すぎる。流石の俺もかつてここまで酷いことはした事がない。あまりの重い告白に俺は頭が真っ白になる。リハビリを終え、車を家に置き会社へ向かう足取りが重くてしょうがなかった…
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み