第2章 第2話

文字数 1,466文字

 なんでも、つい最近長年なじみにしている神保町の古本屋から連絡があり、江戸時代以前の温泉に関する古文書が手に入ったのだが興味があるかとの事、すぐにその店に赴き大枚叩いてその古文書を入手したと言う。

「それがこの古文書なのですよ、いやー本当は経費で…… おっとっと、それは妻に内緒ですからね」
 女子達がコロコロと笑い声を立てる。

「この古文書によりますと、江戸時代よりちょっと昔にね、ある山の中腹付近に今は存在しない温泉があったらしいのです。ちょっと調べてみたのですが、現代では全く認知されておらず、明治大正時代にもその温泉についての話は全く見つかりませんでした。そう、『失われた温泉』なのです」

 今度は男子部員が切なそうな表情で天井を見上げている。俺はそこまで入れ込むことが出来ず、先ほどからの疑念を彼に申し上げる。
「泉さん、また何でそのような話を我が社に?」
「ロマン、ですかな。金光さん、その湯を見つけるのは簡単ではありません。もう枯渇している可能性が高いでしょう。もしも見つける事が出来てもそこを整備して湯治施設にすることもできないでしょう、でもね…」

「わかりますっ それ、すごくいいですっ」
 鳥羽社長が真っ赤な顔で叫び出す。

「僕ね、日本中でいくつか所謂秘湯って行きました。最高でした。だって車じゃ行けないし何時間もかけて細い道登ったり降りたりしてやっと辿り着いて服脱いでザブンと入って…」
 バックパッカーだった彼は、ハイキングも好きだったようだ。

「ははは。社長さん、いーですね。いーです」
「…ああ、失礼しましたっ 要するに、人跡未踏の秘湯を探せ! コレですね?」
「僕の個人的趣味なのです、お恥ずかしい」

 なんだかこの二人はすごく息が合うように見える。のだが、これは泉さんの策略と見た方が良さそうだ。この短時間で鳥羽社長の性格と趣味嗜好を見抜き、自分の手を使わずに……
「イーエ。凄い夢があります。ロマン湯です。ああ、僕もお手伝いしたい…」

 ほーら引っかかった。海千山千の泉さんにかかったら、バックパッカー上がりの社長なぞ赤子の手を捻るよりも簡単だ、もし本当にやったら事案発生なのだが。
 泉さんは演技がかった驚き方で、
「え? 本当ですか?」
「はいっ 是非、ウチに手伝わせてくださいっ!」

 それにしても社長がこんなに積極的なのは初めて見た。泉マジックの奥深さにちょっとだけ戦慄していると、鳥羽が俺を真っ直ぐに見据えて言う
「専務。やりましょう。お手伝いしましょう!」
 俺はやや引き攣りながら、
「珍しいですね、社長がこんな簡単に… いえ、こんな前のめりなの…」

 確かにこの案件には、夢がある。面白い企画だ。先日の間宮由子騒動で売上の落ちた我が社にとって、再上昇への起爆剤になるかも知れない案件と言えよう。もし見つからなくても、古の夢を追う新進気鋭の企業として新たな顧客が集まるかも知れない。万が一発見できたらー まあ、そんな上手くいく筈もないか。

「全て専務にお任せしますっ 探しましょうよ、追い求めましょうよ、夢を!」
 彼は思い込みが激しい性格なのだろう。今まで気づかなかったが。上手く泉さんに見抜かれ、踊り始めた鳥羽に苦笑いしながら、
「わかりました。治りかけの足で何処まで出来るかわかりませんが。やるだけやってみましょうか!」
「いやー、金光さん、社長さん。ありがとう、ありがとうございます!」
「泉さん、この後お時間があれば、早速企画会議を開こうと…」
 俺が言うと泉さんは笑顔で、

「いやー。この行動力! 貴方ともっと早く知り合いたかった…」
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