第1章 第4話

文字数 2,078文字

「そういえば… 翔のお母さん… 真琴さんは今山梨にいて弁護士をしているって龍二くんに聞いたのだが?」
「そうです。甲府市で弁護士をしています。あっ おばあちゃんっ」
 翔が何かを思い出した様子で光子に話しかける。
「はーい、毎度ありー。また来いよー。え? 何だよ翔?」

 今夜は健太は早々に帰宅だ。俺に中指を立てながら… 何だよ、何なんだよ? そして弥生さんと二人で仲良さそうに店を出て行く。こいつにはそこそこ世話になっているから、会社で何かお得なツアーでも有ったら、二人に紹介してやろう。と毎月思ってはいるのだが。

「そろそろ、お墓参りじゃない?」
「えーーと。おう、もうそんな時期か〜 今年は時が経つのがはえーわ…」
 忍が皿を洗いながらしみじみと、
「姐さん、それ年取った証拠っすよ」
「だよなー。歳と腐ったみかんは食いたくねえなぁー、そっかー。えーと。12月、12月っと… まあ、第一週の週末だな。お前大丈夫だな?」

 壁に掛かっているカレンダーを眺めながら翔に振ると、
「期末前だけど、大丈夫」
「そっか。そんで今年で何回忌だよ?」
「僕の年と同じ。十六回忌だよ」
「そっかー。そりゃアタシも歳食うわけだ…」
 光子が遠くを見つめながらiQOSを咥える。来月は真琴さんのご主人、そして翔の父親の命日なのだろう。毎年二人で墓参りしているのだろうか。

「墓は山梨なのかい?」
 翔はあれ僕話しました? と言う視線で、
「ええ。よくわかりましたね?」
「真琴さんが甲府だと言うから… そうか、翔はお父さんの顔、知らないんだ…」
「?」

 翔が寂しげな、ちょっと困った表情で俺を見つめる。きっと写真でしか見たことがないのであろう。そう言えば翔の父親、すなわち真琴さんの夫、つまり光子の義理の息子の話は今まで全くしてこなかった。きっと早く忘れたいような死に様だったのでは、と推測する。

 そう言えば、来月の頭ならば重要な仕事は何もない、丁度いい機会なのかも知れない、と思って、
「なあ光子。俺も一緒に行っていいかな… 真琴さんにも会って挨拶したいし、翔のお父さんにも線香の一本もあげたいし…」
「?」「?」

 光子と翔が少し悲しげな顔で俺に首を傾げる。だが、こういうことはきちんとしておかねばならないし、今後長い付き合いになるのなら尚更キッチリしなければならぬ事である。
「そうだっ 葵も… って、お前は流石に受験前だし忙しいな… でも一度は挨拶に行かなきゃだぞ、お墓にな」
「?」「?」「?」

 三人が三人して俺を哀れな目で見下している。
「って、何なんだよさっきから! 葵までっ 何か俺、人の道から外れた事言ってるか?」
「うーーん… まあ、人の道と言われてしまうと…」
「んーーー… アンタは別に〜なあ…」
 光子と翔が言葉を濁す。やはり彼らにとって口にすべきでないことを言ってしまったのだろうか… 大きな溜め息をつきながら、葵が俺に向き合う。

「ハアーー… ねえパパ。今、こう考えているでしょ…」
「な、何だよ…?」
「ここで墓参りしてポイントゲットだあって」
 ギクリとする。流石我が娘。俺の心の奥底のやましい部分を遠慮なく曝け出してきやがる。

「ば、馬鹿なっ これは、オレの、親としての、ケジメなのー」
「ハアーー?」
「だってそうだろ。翔だって里子の墓参り、してくれているそうじゃないか?」
翔は吹っ切れない表情で、
「ハア、まあ…」
「だから! オレもお前も、一度ちゃんと挨拶に…」
 何故か翔は困りきった表情で、
「おと… 金光さん、流石にそこまでは…」
「何言ってるんだ、翔! オレは行くぞっ 挨拶するぞ、お前の父親に!」

 光子はiQOSを吸い切って、
「なあ翔、コイツ何言ってんだ?」
 何言ってるかって… 俺は頭に血が昇る。
「何だよ光子。オレ間違った事言ってるか? オレが翔の父親に挨拶するのはおかしい事なのかっ?」

 悲しげ? 呆れ顔? で光子は遠慮なく首を傾げ、
「うーーん、今はちょっと…」
 胸に冷たい針を刺された気分になる。
「…… なあ、オレが一緒に墓参りするのがそんなに嫌か?」
「んーーー、その必要は、ねーんじゃね?」

 光子がハッキリと俺に言い切る。言外に俺には関係ないだろ、と言っているのだ。俺は悲しい気分からの逆ギレモードに入り、
「そうかそうか、わかったわかった、もういいもういい。オレはまだお前らのそういう所まで踏み込めない存在なんだな、わかったよ」
 光子は困惑と悲哀の眼差しで、
「おい、翔。コイツなぜ拗ねてんだ?」

 翔は何か探り当てたような顔付きで、
「うーーーん… まさか、だけど…」
 葵がボソッと、
「うん。そのまさかだよ、このアホ親」

「何だ葵まで… お前、そっち側か。父親を、ほっといて、そっち側かあ、よーくわかったよ」
 大きな溜め息と共に、
「間違いなく。このダメ親さあ…」
 なんで俺だけハブかれねばならないのか?
「もういい。ちょっとオレもよく考えるわ」
「翔くんのお父さん…」
 恋人の家庭事情に踏み入るのを拒否するのか?
「オレの立ち位置、どーなってるんだ… 光子にとってオレは…」

「亡くなってると思ってるわー」
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