第3章 第12話

文字数 1,348文字

 光子が深々と煙を吸い込み、真っ青な空に向かって吐き出す。薄い紫煙はゆっくりとどこまでも深い青空に棚引いていく。俺と翔は真っ赤になった目でそれをボンヤリと眺めている。

 翔の肩に手を置く。この細い肩に今までどれだけの哀しみや寂しさが乗っていたのだろう。きっと彼の祖母がそれらを吹き払って来たんだろう。どれだけ誠実で、どれだけ不器用な家族なのだろう。

 それから更に30分後。ようやく重たい腰を上げた真琴さんを乗せて鬼沢君の眠る恵林寺を後にする。来た時は余りに興奮していたゆえ気付かなかったが、この寺は甲斐武田家の菩提寺として余りに有名で、信長の甲斐攻めの時にはあの有名な『心頭滅却すれば火も亦た涼し』と叫んだ快川和尚は俺の大好きな人物だ。
 本当はゆっくりこの寺を散策したかったのだが、これから翔が真琴さんの部屋の大掃除をするので今回はやむなく寺を後にした。またいつか皆で来るの事があるのだろうか。

 真琴さんのマンションに着くと、あ、忘れ物、母さんちょっと待っててと言って彼女は部屋に戻っていく。数分で戻ると

「はい。誕生日おめでとう母さん」

 と言って綺麗にラッピングされた紙袋を光子にわt… 何だと?

「おーーー。そー言えば〜。あんがとなー」
「ちょ、ちょっと待てい!」
「な、何だよ…?」
「聞いてねえよ」
「な、何がだよ…?」
「お前の誕生日? ハア? 今日なのかよ?」

 頭が真っ白状態の俺は口をパクパクさせながら食ってかかる。そんな様子を苦笑しながら、
「いえ。母の誕生日は今月の一日です。金光さん、ご存知なかったの…」
「今初めて知った… おい翔。何で今まで黙ってたんだよっ」

 翔は怯えながら、
「だって… 50過ぎたらアタシの誕生日は忘れろ、思い出したら〆るって…」
 アホだ。アホ過ぎる。

「アレだ、ほれ、人間50年〜って言うじゃんか。だからアタシは永遠の50歳なんだわ」
 バカなのは知ってるが、まさかここまでとは… 俺は呆れ果てて、何も言えなくなる。
「ハハハ… じゃあ僕はこれで。お婆ちゃん、良かったね今年は、誕生日に旅行に行けてー」
「ひひひ〜 オマエも気を付けて帰れよっ ちゃんと着けろよっ」
「だーかーらー…」
 何故この母親からこの娘が… この孫が…

「ちゃんと話せ! お前のこと、もっとちゃんと知りたい!」
 すると光子は何故だか胸を張って、
「昔のことは忘れちまったよ〜 アタシは未来に向かって生きるオンナなのさっ」
 と嘯くものだから、
「誕生日は未来も来ますから」
「お、おう…」
「ったく、何考えてんだか…」

 えへへ、えへへと気味悪く笑いながら、
「で? アンタは2月18日だっけか?」
 
 ちょっとドン引きながら、
「そこで、何で俺の誕生日知ってんだよ!」
「そりゃ、昔から… あ…」
「昔って… は?」
「だから… 中坊の頃から…」

 え…… それって…
『まもなく目的地周辺です〜 運転お疲れ様でした〜』

 思わず目を疑った。今夜の宿、そして探索部隊の前線基地である『山本本館』。常緑樹の森の中に壮大にその姿を現したのだ。まるで中世の城のような威厳を保っている。助手席から口笛が鳴る。女王様もお気に召した様子だ。

 車を玄関前に付けると歓迎の看板が目立つ。

『信玄最後の隠し湯〜幻の景徳の湯を探せ! 御一同様』

 恥ずかし過ぎる…
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