第1章 第7話
文字数 1,591文字
その時にAの心が完全に破断したようだ。彼は奇声を発し頭を抱え込む。考えてみればあまりの境遇の逆転。二人と知り合うまでは何の苦労もなく裕福に育ち、その先も成功を約束されていたA。それが真琴さんに、修くんに将来を打ち砕かれ、社会の底辺近くを彷徨う日々。
全てが彼自身のせいではあるが、18の少年にその自覚と自責を問うには、余りにも二人のこれからの日々が眩しすぎた。
その眩しさから目を背ける術もなく彼の心は崩壊する。その先に待っているのは自暴自棄、憎悪。そして、二人の存在の否定…
彼は懐からジャックナイフを取り出し、ブツブツ言いながら何の躊躇いもなく真琴ちゃんに襲いかかる。
「何てこった… あれ、でも、真琴ちゃんって、所謂オマエの娘だよな…」
「は? 当たり前じゃん」
「てことは、ガリ勉ちゃんに見えて実は…?」
「流石お父さん。鋭い考察です」
真琴ちゃんの新しい命が宿る腹部にAはナイフを突き立てようとしたが。通行人の証言によると、その直後Aは宙を舞い地面に叩きつけられていたという。
Aは動かなくなり、身体を打ち震わせ泣き始めたそうだ。そんなAに対し真琴さんはもう二度と二人に近づかないでくれと説諭し、現場を後にしようとした。
「ココがアイツの甘いとこなんだよなぁ。てってー的に〆とかねえと、ダメなんだよなあ〜」
「アホか。そんな話あるかよ…」
「いや。ココでハンパに〆たせいで、悲劇が起きたんだよなあ…」
Aは再び奇声を発し、ナイフを拾い上げて立ち去ろうとする二人に襲いかかる。修くんが真琴ちゃんを守ろうと立ちはだかり、その修くんに向けてAはナイフを突く。咄嗟にカバンを向けるとナイフはカバンに突き刺さる。
Aの狂気に修くんの本能が反応し始める。彼は『草食系』などとAにからかわれたが、どうしてどうして、中々の『肉食系』らしい。この光子の娘を孕ます程の…
草食系なら、逃げる。一目散に逃げる。が、肉食系は、守る。そして打ち倒す。雌を奪い合い、時には相手を死に追いやる。これが肉食系の本能。彼の供述調書にはこう書いてあったそうだ。
『彼を殺さないと、僕達三人が殺されると思いました。彼からナイフを奪い取り、無我夢中で滅多刺しにしました。彼女と僕たちの子供を守るためにー』
「そんな… 信じられない…」
「な。だからそん時にキッチリ〆…」
俺は光子の戯言を遮り、
「だけど、これは完全に『正当防衛』が成立するだろう?」
「成立しません…」
「え… 何故?」
「本人が明確に『殺意』を肯定していますから…」
自らに生命を守るためにやむなく刺した、のではなく、殺されると思ったから殺した。でもどうなのだろう。実際の判例では正当防衛が認められそうなのだが…
「相手の親が超一流の弁護士を雇いまして」
「成る程… そして…」
「裁判の結果、懲役20年。非常に厳しい判決です」
「頭が混乱してきたよ…」
「そして。その判決の日に、僕は産まれました」
「心も混乱してきたよ…」
話は大体終わり、一つ疑問が生まれる。
「あれ… だけれど、そのAの命日なら、3月なのでは?」
翔は頷くも、やはり戸惑った風に、
「そうなんです。ですが、母は毎年12月に参るんです」
「それは、何故?」
「母に聞いてくださいよ是非。お父さん」
最早、お父さん確定…
「そうだな。うん。…って、あれ? 俺、一緒に行っていいの?」
ニッコリと、そう実に嬉しそうに
「勿論です。是非母に会ってください。ね、お婆ちゃん」
光子は素っ頓狂な声で、
「あれーー、アンタ真琴に会ったことなかったっけ?」
「オマエ何にも話してくれないから。自分の子供のこと」
俺をジロリと睨みながら、
「だってよ、ちょっと話すとアンタすぐ機嫌悪くなるじゃんかよー」
「それは… だって…」
呆れ果てた葵が、
「ハアーー、器のちっちゃい父でゴメンね、お婆さま…」
「で、でも、光子だって俺が里子のこと話すと……」
全てが彼自身のせいではあるが、18の少年にその自覚と自責を問うには、余りにも二人のこれからの日々が眩しすぎた。
その眩しさから目を背ける術もなく彼の心は崩壊する。その先に待っているのは自暴自棄、憎悪。そして、二人の存在の否定…
彼は懐からジャックナイフを取り出し、ブツブツ言いながら何の躊躇いもなく真琴ちゃんに襲いかかる。
「何てこった… あれ、でも、真琴ちゃんって、所謂オマエの娘だよな…」
「は? 当たり前じゃん」
「てことは、ガリ勉ちゃんに見えて実は…?」
「流石お父さん。鋭い考察です」
真琴ちゃんの新しい命が宿る腹部にAはナイフを突き立てようとしたが。通行人の証言によると、その直後Aは宙を舞い地面に叩きつけられていたという。
Aは動かなくなり、身体を打ち震わせ泣き始めたそうだ。そんなAに対し真琴さんはもう二度と二人に近づかないでくれと説諭し、現場を後にしようとした。
「ココがアイツの甘いとこなんだよなぁ。てってー的に〆とかねえと、ダメなんだよなあ〜」
「アホか。そんな話あるかよ…」
「いや。ココでハンパに〆たせいで、悲劇が起きたんだよなあ…」
Aは再び奇声を発し、ナイフを拾い上げて立ち去ろうとする二人に襲いかかる。修くんが真琴ちゃんを守ろうと立ちはだかり、その修くんに向けてAはナイフを突く。咄嗟にカバンを向けるとナイフはカバンに突き刺さる。
Aの狂気に修くんの本能が反応し始める。彼は『草食系』などとAにからかわれたが、どうしてどうして、中々の『肉食系』らしい。この光子の娘を孕ます程の…
草食系なら、逃げる。一目散に逃げる。が、肉食系は、守る。そして打ち倒す。雌を奪い合い、時には相手を死に追いやる。これが肉食系の本能。彼の供述調書にはこう書いてあったそうだ。
『彼を殺さないと、僕達三人が殺されると思いました。彼からナイフを奪い取り、無我夢中で滅多刺しにしました。彼女と僕たちの子供を守るためにー』
「そんな… 信じられない…」
「な。だからそん時にキッチリ〆…」
俺は光子の戯言を遮り、
「だけど、これは完全に『正当防衛』が成立するだろう?」
「成立しません…」
「え… 何故?」
「本人が明確に『殺意』を肯定していますから…」
自らに生命を守るためにやむなく刺した、のではなく、殺されると思ったから殺した。でもどうなのだろう。実際の判例では正当防衛が認められそうなのだが…
「相手の親が超一流の弁護士を雇いまして」
「成る程… そして…」
「裁判の結果、懲役20年。非常に厳しい判決です」
「頭が混乱してきたよ…」
「そして。その判決の日に、僕は産まれました」
「心も混乱してきたよ…」
話は大体終わり、一つ疑問が生まれる。
「あれ… だけれど、そのAの命日なら、3月なのでは?」
翔は頷くも、やはり戸惑った風に、
「そうなんです。ですが、母は毎年12月に参るんです」
「それは、何故?」
「母に聞いてくださいよ是非。お父さん」
最早、お父さん確定…
「そうだな。うん。…って、あれ? 俺、一緒に行っていいの?」
ニッコリと、そう実に嬉しそうに
「勿論です。是非母に会ってください。ね、お婆ちゃん」
光子は素っ頓狂な声で、
「あれーー、アンタ真琴に会ったことなかったっけ?」
「オマエ何にも話してくれないから。自分の子供のこと」
俺をジロリと睨みながら、
「だってよ、ちょっと話すとアンタすぐ機嫌悪くなるじゃんかよー」
「それは… だって…」
呆れ果てた葵が、
「ハアーー、器のちっちゃい父でゴメンね、お婆さま…」
「で、でも、光子だって俺が里子のこと話すと……」