第2章 第5話
文字数 1,599文字
休憩を挟んで会議は続行する。
「この景徳山はご存知でしょうな?」
「勿論です。今年の正月に登ってきましたよ!」
課長の上村が日焼けした顔を綻ばせながら話し始める。
「面白い山です。中腹まではハイキング程度の装備で十分。甲府盆地を見渡せる絶好のハイキングコースです。が、それより上はトレッキングの装備ではダメ。頂上まで行くにはロッククライミングの装備が必要です。頂上からの絶景は〜 えーと。あ、これこれ!」
スマホの写真を見せて回る。凄い。雲海を見下ろし遥か遠くに富士山も見える。山頂は草木一本なく、来るものを拒む感じのゴツゴツした岩場だ。こんな景色はかつて実際に経験したことがない。もし登山をすれば俺も… と思いながら、左脚をそっと摩りフッと溜め息をつく。
「でも… もしそんな湯治場があるなら、僕らが知らないはず無いんですけどね。関東では有名な山なので…」
「いやー。おっしゃる通り。僕もこの古文書読んで地図を調べて同じ事を思いましたよ」
上村は腕を組みながら、
「中腹までは色々なルートがあって、中腹から山頂までは一本ルートです。昔は二本あったらしいのですが、土砂崩れでそのルートは消滅したと聞きます… あれ…」
泉さんの目が光る。俺はゴクリと唾を飲み込む。
「課長さんっ そこなんです。その土砂崩れ、いつの頃かご存知ですか?」
「うーん… 山小屋のオヤジが何か言ってたんですけど〜 確か明治時代?」
「いやーー。残念っ。歴史好きのお嬢さん、『安政』と言えば?」
泉さんの無茶振りに嬉しそうな村上。さっと立ち上がり、
「フツーなら、江戸時代、幕末、安政の大獄。でも、今のお話からすると、安政二年の大地震、安政三年の台風、ですかね?」
拍手をしつつ目尻を思いっきし垂らしながら、
「いやー、お見事っ 今度一緒に温泉、如何ですか?」
「え? マジ? 超行きたいっ〜」
おいこら。人の会社の若手女子をサラッとナンパすんじゃねえ。てか村上。お前も軽々しく誘いに乗るんじゃねえ。
「ハハハ。是非に。そう、安政年間にどうやらもう一つの登山道が無くなってしまったようなのです」
上村が未だかつて見たことのない真剣な表情で呟く。
「あそこか… 中腹からの登山道の途中に行けそうで行けない入り口があったわ… 鎖が張ってあって…」
「そう。なので、高い可能性でその湯治場自体も無くなっているかも知れません。でもね、」
皆は一斉に立ち上がり、
「うわーーー、調べたいー」
「ホンマ、もし石積みでも残ってたらコレ大発見ちゃう?」
「TV局呼ぶか! ドキュメンタリー撮るか! ええ?」
皆のテンションが急激に上がる。俺も160年前に消えた幻の温泉を脳裏に思い浮かべ、光子とそこを訪ねる妄想に身を委ねる…
「…そやな。コレはむしろ冬場の方が発見の可能性は高いで」
「成る程、湯煙が見えやすいですものね。でも雪山ですよね…」
「年末の山は決定だなっ 部長、どうすか、久し振りにっ?」
「いーねー、燃えてくるねえー、よーし。今日からトレーニング開始かー?」
登山好きな奴らが盛り上がっていると、
「ちょっと、私仲間外れですか?」
寂しそうに鳥羽社長が呟く。
「え… 社長も登山お好きなんですか?」
思わず鳥羽に問いかけてしまう。旅行好きバックパッカー、とは聞いていたが。登山も齧っていたのか。そんな軽い気持ちで問いかけたのだが、急激に室温が低下するのに気付く。会議室が物音ひとつしなくなる。どうしたのかと震えながら見回すと、皆が唖然呆然とした表情で俺を眺めているではないか! 来年俺の秘書になる(予定)庄司なぞ、人糞の中で蠢く回虫を見てしまったといった表情だ。見たことないし見たくもないが。
そんな静寂を破ったのは田所。
「キンさん… 知らないの? この人…」
こら! 社長を『人』扱いすな!
「エベレスト登った程のぉ、日本を代表する超有名なクライマーですよぉ」
「何だとっ!」
「この景徳山はご存知でしょうな?」
「勿論です。今年の正月に登ってきましたよ!」
課長の上村が日焼けした顔を綻ばせながら話し始める。
「面白い山です。中腹まではハイキング程度の装備で十分。甲府盆地を見渡せる絶好のハイキングコースです。が、それより上はトレッキングの装備ではダメ。頂上まで行くにはロッククライミングの装備が必要です。頂上からの絶景は〜 えーと。あ、これこれ!」
スマホの写真を見せて回る。凄い。雲海を見下ろし遥か遠くに富士山も見える。山頂は草木一本なく、来るものを拒む感じのゴツゴツした岩場だ。こんな景色はかつて実際に経験したことがない。もし登山をすれば俺も… と思いながら、左脚をそっと摩りフッと溜め息をつく。
「でも… もしそんな湯治場があるなら、僕らが知らないはず無いんですけどね。関東では有名な山なので…」
「いやー。おっしゃる通り。僕もこの古文書読んで地図を調べて同じ事を思いましたよ」
上村は腕を組みながら、
「中腹までは色々なルートがあって、中腹から山頂までは一本ルートです。昔は二本あったらしいのですが、土砂崩れでそのルートは消滅したと聞きます… あれ…」
泉さんの目が光る。俺はゴクリと唾を飲み込む。
「課長さんっ そこなんです。その土砂崩れ、いつの頃かご存知ですか?」
「うーん… 山小屋のオヤジが何か言ってたんですけど〜 確か明治時代?」
「いやーー。残念っ。歴史好きのお嬢さん、『安政』と言えば?」
泉さんの無茶振りに嬉しそうな村上。さっと立ち上がり、
「フツーなら、江戸時代、幕末、安政の大獄。でも、今のお話からすると、安政二年の大地震、安政三年の台風、ですかね?」
拍手をしつつ目尻を思いっきし垂らしながら、
「いやー、お見事っ 今度一緒に温泉、如何ですか?」
「え? マジ? 超行きたいっ〜」
おいこら。人の会社の若手女子をサラッとナンパすんじゃねえ。てか村上。お前も軽々しく誘いに乗るんじゃねえ。
「ハハハ。是非に。そう、安政年間にどうやらもう一つの登山道が無くなってしまったようなのです」
上村が未だかつて見たことのない真剣な表情で呟く。
「あそこか… 中腹からの登山道の途中に行けそうで行けない入り口があったわ… 鎖が張ってあって…」
「そう。なので、高い可能性でその湯治場自体も無くなっているかも知れません。でもね、」
皆は一斉に立ち上がり、
「うわーーー、調べたいー」
「ホンマ、もし石積みでも残ってたらコレ大発見ちゃう?」
「TV局呼ぶか! ドキュメンタリー撮るか! ええ?」
皆のテンションが急激に上がる。俺も160年前に消えた幻の温泉を脳裏に思い浮かべ、光子とそこを訪ねる妄想に身を委ねる…
「…そやな。コレはむしろ冬場の方が発見の可能性は高いで」
「成る程、湯煙が見えやすいですものね。でも雪山ですよね…」
「年末の山は決定だなっ 部長、どうすか、久し振りにっ?」
「いーねー、燃えてくるねえー、よーし。今日からトレーニング開始かー?」
登山好きな奴らが盛り上がっていると、
「ちょっと、私仲間外れですか?」
寂しそうに鳥羽社長が呟く。
「え… 社長も登山お好きなんですか?」
思わず鳥羽に問いかけてしまう。旅行好きバックパッカー、とは聞いていたが。登山も齧っていたのか。そんな軽い気持ちで問いかけたのだが、急激に室温が低下するのに気付く。会議室が物音ひとつしなくなる。どうしたのかと震えながら見回すと、皆が唖然呆然とした表情で俺を眺めているではないか! 来年俺の秘書になる(予定)庄司なぞ、人糞の中で蠢く回虫を見てしまったといった表情だ。見たことないし見たくもないが。
そんな静寂を破ったのは田所。
「キンさん… 知らないの? この人…」
こら! 社長を『人』扱いすな!
「エベレスト登った程のぉ、日本を代表する超有名なクライマーですよぉ」
「何だとっ!」