第3章 第11話
文字数 1,962文字
「初めまして金光さん。島田真琴です」
ショートヘアーで黒のスーツ姿の恰幅の良い小柄な女性が頭を下げる。慌てて車を降り俺も頭を下げる。
「母と翔から噂は予々聞いておりました。金光軍司さん。貴方は今現在母と交際しているという認識で間違いありませんか?」
なんか裁判所で尋問を受けているようだ…
「我が息子の島田翔と貴方のお嬢さんとの早すぎる交際について率直にどの様に受け止めていますか? 今の心境を聞かせてください」
な、何と答えれば… なんなんだこの人…
「お母さんっ 金光さん困ってるから! さ、お墓参りに行こうよ」
「ではこの事案は一旦持ち帰って頂き後日裁判所に……」
「お母さんっ!」
助手席で光子が眠たそうに大きく一つ欠伸をする。ああ、三津浜の龍二君を思い出す… 頭の良い人と変人の紙一重の何とやら……
後部座席へどうぞと言うと、失礼しますとシートに座る。運転席からミラー越しに母と息子を比べ見る、どうやら翔は父親似なのだろう。俺は一人納得し、パーキングブレーキを解除した。
「真琴さん、一つ聞きたいことが」
「はい、何でしょう?」
ナビゲーションはカーナビに任せきりにし、俺は聞きたかったことをぶつけてみる。
「どうしてこの時期に、鬼沢さんの墓参をするのですか?」
彼女は一息つき、それから一気に
「鬼沢君の人生が狂い始めたのが16年前のこの頃。それは私と主人が付き合い始めた事により齎された彼の悲劇の始まりの月だからです」
と流れるように話し出す。俺が首を傾げると、
「もし私があの時、寝込んでいた主人を見舞わなければ。もしあの時、鬼沢君の家に招待されていたら。私の決断が人一人の人生を奈落の底に落としてしまったのです。もっと早く主人の気持ちに気付いていたら。もっと早く鬼沢君に全てを誠意を込めて話せていたら。彼の悲劇は全て私の判断の甘さによって齎 されたのです」
「そ、そんな…」
「よって。私は毎年、この月に彼の魂に謝罪しなければなりません。そしてもう二度と私の判断の甘さで他人を不幸にしてはならないという自戒の念を想起しなければなりません」
ミラー越しに俺の目をしっかりと掴まえながら、彼女はまるで検事の答弁のような叙述を俺に返すのであった。
俺は茫然としてしまう。どう見てもこの事件は鬼沢の心の未熟さが原因である。無論、人を殺めてしまった修君は必ず罪を償わねばなるまい。
「でも、君も被害者だ。そんなに自分を責めなくてもいいじゃないか?」
「彼は最早己を責めることさえ出来ません。そんな彼の代わりに私は自責を甘んじて受けるのです」
俺は溜め息をつき、グツグツと沸騰しつつある腹の底で踊っている思いを言い放つ。
「随分と勝手な考えだな」
「は? 何がでしょうか?」
「それで君が救われるのはわかる。でもな。君は親と子にも己と同じ思いを背負わせているんだ。それを自分勝手とは思った事はないのか?」
「え…」
真琴さんは絶句してしまう。俺は構わず突き進む。
「毎年毎年、君の母親と息子が君に付き添い墓参りをする。そして君が自らを責めるのを何も言えず見守っている。鬼沢君は死んだ。もう居ない、君の言う通りだ。しかしな、君の親と子は生きているんだ! 君が16年前から一歩も進めない姿をずっと見て来ているんだ。それがどんなに辛いことか君はわからないのか!」
真琴さんは初めて俺から目を逸らし、光子と翔を交互に眺め、やがてその視線を窓の外の街並みに移していった。
「翔は6歳から母親の温もりを知らない。母親の味を知らない。母親の愛を知らない。それでも君はこれからも鬼沢君を通して自分を責め続けるのか? 自分の息子をそれに付き合わせていくのか? 自分の母親を……」
真琴さんはガクリと項垂れてしまう。声を立てずに体を震わせている。きっと拳を強く握りしめていることだろう、翔がそっと母親の背中に手を添えている。俺は止めを刺す気分で次の言葉を探っていると、
「アンタ。そろそろお墓だわ。次を左な。ちょっと行くと駐車場あるから…」
「なんか… ゴメンな」
「いいえ。貴方はやっぱり『キング』です。お婆ちゃんにとっても、僕にとっても」
「は? 意味がわからん…」
あれから真琴さんは一言も話さず、俯いたまま車を降り、一人早足で墓地に向かってしまった。
「ま。いーんじゃね。アタシがこの10年言いたかったこと、あっさり言っちまってくれて」
「余計なお世話だった… よな…」
「ま。いーんじゃね。それがアンタなんだから」
それが俺、か。よく意味が分からないが、俺の叫びは少なくともこの二人にはしっかりと届いたようだった。
「もうかれこれ30分経つけど… 真琴さん、まだお墓の前で…」
「ま。いーんじゃね。アイツも思う所があんだろ、きっと」
彼女には届いたであろうか? 光子の思い、翔の想いが……
ショートヘアーで黒のスーツ姿の恰幅の良い小柄な女性が頭を下げる。慌てて車を降り俺も頭を下げる。
「母と翔から噂は予々聞いておりました。金光軍司さん。貴方は今現在母と交際しているという認識で間違いありませんか?」
なんか裁判所で尋問を受けているようだ…
「我が息子の島田翔と貴方のお嬢さんとの早すぎる交際について率直にどの様に受け止めていますか? 今の心境を聞かせてください」
な、何と答えれば… なんなんだこの人…
「お母さんっ 金光さん困ってるから! さ、お墓参りに行こうよ」
「ではこの事案は一旦持ち帰って頂き後日裁判所に……」
「お母さんっ!」
助手席で光子が眠たそうに大きく一つ欠伸をする。ああ、三津浜の龍二君を思い出す… 頭の良い人と変人の紙一重の何とやら……
後部座席へどうぞと言うと、失礼しますとシートに座る。運転席からミラー越しに母と息子を比べ見る、どうやら翔は父親似なのだろう。俺は一人納得し、パーキングブレーキを解除した。
「真琴さん、一つ聞きたいことが」
「はい、何でしょう?」
ナビゲーションはカーナビに任せきりにし、俺は聞きたかったことをぶつけてみる。
「どうしてこの時期に、鬼沢さんの墓参をするのですか?」
彼女は一息つき、それから一気に
「鬼沢君の人生が狂い始めたのが16年前のこの頃。それは私と主人が付き合い始めた事により齎された彼の悲劇の始まりの月だからです」
と流れるように話し出す。俺が首を傾げると、
「もし私があの時、寝込んでいた主人を見舞わなければ。もしあの時、鬼沢君の家に招待されていたら。私の決断が人一人の人生を奈落の底に落としてしまったのです。もっと早く主人の気持ちに気付いていたら。もっと早く鬼沢君に全てを誠意を込めて話せていたら。彼の悲劇は全て私の判断の甘さによって
「そ、そんな…」
「よって。私は毎年、この月に彼の魂に謝罪しなければなりません。そしてもう二度と私の判断の甘さで他人を不幸にしてはならないという自戒の念を想起しなければなりません」
ミラー越しに俺の目をしっかりと掴まえながら、彼女はまるで検事の答弁のような叙述を俺に返すのであった。
俺は茫然としてしまう。どう見てもこの事件は鬼沢の心の未熟さが原因である。無論、人を殺めてしまった修君は必ず罪を償わねばなるまい。
「でも、君も被害者だ。そんなに自分を責めなくてもいいじゃないか?」
「彼は最早己を責めることさえ出来ません。そんな彼の代わりに私は自責を甘んじて受けるのです」
俺は溜め息をつき、グツグツと沸騰しつつある腹の底で踊っている思いを言い放つ。
「随分と勝手な考えだな」
「は? 何がでしょうか?」
「それで君が救われるのはわかる。でもな。君は親と子にも己と同じ思いを背負わせているんだ。それを自分勝手とは思った事はないのか?」
「え…」
真琴さんは絶句してしまう。俺は構わず突き進む。
「毎年毎年、君の母親と息子が君に付き添い墓参りをする。そして君が自らを責めるのを何も言えず見守っている。鬼沢君は死んだ。もう居ない、君の言う通りだ。しかしな、君の親と子は生きているんだ! 君が16年前から一歩も進めない姿をずっと見て来ているんだ。それがどんなに辛いことか君はわからないのか!」
真琴さんは初めて俺から目を逸らし、光子と翔を交互に眺め、やがてその視線を窓の外の街並みに移していった。
「翔は6歳から母親の温もりを知らない。母親の味を知らない。母親の愛を知らない。それでも君はこれからも鬼沢君を通して自分を責め続けるのか? 自分の息子をそれに付き合わせていくのか? 自分の母親を……」
真琴さんはガクリと項垂れてしまう。声を立てずに体を震わせている。きっと拳を強く握りしめていることだろう、翔がそっと母親の背中に手を添えている。俺は止めを刺す気分で次の言葉を探っていると、
「アンタ。そろそろお墓だわ。次を左な。ちょっと行くと駐車場あるから…」
「なんか… ゴメンな」
「いいえ。貴方はやっぱり『キング』です。お婆ちゃんにとっても、僕にとっても」
「は? 意味がわからん…」
あれから真琴さんは一言も話さず、俯いたまま車を降り、一人早足で墓地に向かってしまった。
「ま。いーんじゃね。アタシがこの10年言いたかったこと、あっさり言っちまってくれて」
「余計なお世話だった… よな…」
「ま。いーんじゃね。それがアンタなんだから」
それが俺、か。よく意味が分からないが、俺の叫びは少なくともこの二人にはしっかりと届いたようだった。
「もうかれこれ30分経つけど… 真琴さん、まだお墓の前で…」
「ま。いーんじゃね。アイツも思う所があんだろ、きっと」
彼女には届いたであろうか? 光子の思い、翔の想いが……