第3章 第2話

文字数 1,531文字

 庄司はすぐに電話をかけ始める。本当に有能な部下だ。山本くんの後輩には勿体無さすぎである。来年、間違いなく俺の専属秘書に貰い受けよう。

「でもそんな急に部屋とれるのかい?」
「実は金曜日から日曜日まで、当社で空き部屋を全て確保したのですが何か?」

 この子の口癖も、なんか特徴的…
「そうなんだ? でも登山部隊以外は自宅待機の筈だが?」
 
 庄司はちょっと困った顔で、
「それが… 他の企画部の方々が、是非現地で我々を応援したいと…」
「え?」
「午前中に社長に相談しました所、それならば企画部全員で登山チーム、即ち実行部隊、輸送部隊、情報班、作戦統括所を作るべきでは、との助言をいただきまして」

 俺はズッコケながら、
「マジで?」
「マジですが何か?」
 社長、太っ腹だな… 一体部屋を押さえるのにいくら掛かると思っているのか…

「ですので、登山実行部隊でない他の部員の方には探索隊のベース基地の役割を担ってもらおうと。それとは別に、営業部からも数名人が出ますから」

 営業部といえば三ツ矢部長の所だ。彼は上には調子良いが下には厳しく、部員からの評判はあまり良くない。どころか非常に良くない。
 だが彼は俺と同じく中途採用者で、元は大手商社マンだった。その商社仕込みの営業力でこの会社をここまで大きくしたのは彼の功績が大、だそうだ。

 俺がこの会社に来た当初は銀行から来た俺に矢鱈にペコペコしていたが、最近ではすれ違っても首を軽く曲げる程度の挨拶しか寄越さない。権威とか上位階級にしか興味を示さないイヤな奴だ。
 企画部長の迫田とも仲が悪く、従って企画部と営業部の横の繋がりは必ずしも上手く行っていない。寧ろ足を引っ張り合っている感がある。

 今回の企画にも営業部は余り乗り気でなく、本来ならマスコミに発表して耳目を集めても良さそうなのだがそんな素振りは微塵も見せずに『どうぞご勝手に』的な態度だそうだ。
 企画部としては今回の探索をTV局に入って貰おうと考えていたのだが営業が反対したらしい。やるなら自分達で。撮影も自分達で。画が上がったらHPでどうぞご自由に、だそうだ。

 中々一枚岩ではいかないものだな、こんなに小さな組織内でも。営業部は常務取締役の田所の担当なのだが、姪っ子が企画部に居るためか、営業部員からの評判は余り良くないらしい。
 もし今回の企画で営業部と上手くことが運べば社内の空気も少しは良く通るようになるのでは、と愚慮する。

 俺のそんな心配と裏腹に、『幻の湯』探索の準備は刻々と出来上がっていく。庄司に至っては事前に下見がしたいと言って今週末に現地に行こうとしたのを俺が止めた。彼女の目の下には隈が出来ており、このままでは探索決行日までに身体を壊す、と判断したから。

 恨めしそうな顔で睨む庄司に
「お前の体は自分だけのものじゃない。俺たち全社員のものでもあるんだ。それぐらい今回お前は重要な役目を担っている。これは業務命令。今週末は、しっかり休め。いいな?」
「承知… しました」

 悔しそうに回れ右をして自分のデスクに帰っていく。この様な憎まれ役なら幾らでも引き受けてやる。あとはー 誰だ、体に無理して頑張りすぎてる奴はー と見回すと皆一斉に下を向く。
「庄司だけじゃないぞ。お前ら今週末はしっかり休養を取る事。疲れた心身では決していい結果は出ないぞ。って、何が可笑しい、村上っ」
「キン様〜 それ、社長に言ってきてください。鳥羽っち、今週雪山行こうとしていますわ〜」
「な、なに? それはいかん! お諌めしてくるっ」

 踵を返して社長室に向かうと部員が腹を抱えて笑っている。
 それを営業部の連中が冷たく見据えている。

 これはこの数年内の俺の課題だな。水と油の融合。悪くない。やってやろう。
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