第3章 第4話

文字数 1,250文字

 危うくこの店の恒例、グラス類の自由落下現象が生じるところだった。

 こら山本、酒席とは言え役員の肩を気安く叩くとは何事だ! まぁそれはさておき。はあ? 俺のせい? 一体どういう事なのだ、俺は別に営業部と確執なんて…

「金光さんがこの会社に来られる前、専務取締役は立川さんという社長の山トモ、だったんですよ。確か大学は別々だったけど一緒にヒマラヤ行ったりアラスカ行ったり〜」
 俺の前任者、立川浩人。申し送りは受けているので名前だけは知っている。

「その立川さんは何故退社したの?」
「それは当然、『山が恋しくなったから』ですよ」

 危うく椅子から転げ落ちそうになる。何とかそれから立ち直り、庄司に
「そ、そういうものなのか?」
「そういうものですね」
「お、おま、お前も『山が恋しくなる』のか? いつだ? 来年か? 再来年か?」

 山本くんが俺の両肩を持ちながら、
「お、落ち着いてキンさん、大丈夫だよ庄司は、まだ大丈夫だよ、知らんけど」
 酒席とは言え役員にタメ語…… まあよい、それはさておき。俺は息を整えてから、立川の後継人事について先を促す。

「はい。で、その後釜を狙っていたのが、営業部長の三ツ矢さん。僕らも三ツ矢さんが昇格すると思っていましたしー」

 それは知らなかった… でも三ツ矢は俺と同じ転職組だよな… 大手商社からの… ってどこの商社だったんだろう。
「商社マンです、バリバリの。元三葉物産営業部」

 光子が目を大きく見開いて、
「あれー、それってよー、リハビリ姉ちゃんの元の会社じゃね?」

 なんと言う偶然なのだろう、それとも必然? リハビリで大変お世話になっているPTの橋上先生は、大学を出た後三葉物産に勤めていたと言っていた……

「それまであの人は学歴も一番、超有名企業出身、怖いもの無しだったんでしょうね。それが金光さんがいらして…」
「ハーン。男の妬み、ってヤツな」
「へえ。その通りで姐さんっ」

 あれ。俺にはタメ語使うくせに、光子にはいつまでも尊敬語…… あれ?
「でも仕事は出来るじゃないか、彼。業界でも一目置かれているんだろ?」
「はあ。あんまり良い評判ではないんですけど…」
「どういう事?」

 山本くんは虹色カメムシを噛み潰したような表情で訥々と語り出す。
「まあ、やり方が商社時代のソレって言うかー。よく言えば粘り強い、悪く言えばネチっこい営業でして。未だに交際費ジャンジャン使って、あと営業部の女子にハニトラ紛いのことさせたり…」

「何だって!」

「だから常務の姪っ子の田所さんは企画部なんだー、って言う噂も」
 田所理恵は企画部に向いている。斬新な発想力は無いが場の空気を読むのに長け、更に抜群の古文書解読スキルを身につけている、企画部になくてはならない存在だ。とこないだ知った。

「…まー、そうですかねー。そうそう、あとは当社の口コミを操作して…」
「えっ…?」
「安くしない宿をボロクソに評価下げたりとか。袖の下受け取って評価上げたりとか」
「まさか…」
「ま。噂話ですよ。こないだまでの金光さんもそうだった様な〜」
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