第4章 第7話

文字数 2,105文字

 朝食を終え大本営(大広間)に戻り状況を聞くが特に進展は無いそうだ。朝食を摂ろうとしない山本くんのケツを蹴り上げ、無理矢理食堂に行かせる。探索のリミットである14時まであと5時間。やや緊張と焦燥感が見られる後援部隊。未だピクリともせず冷凍マグロ状態の布団部隊。気分転換に宿の周りを散歩する事にする。

 光子を誘いに部屋に戻ると、(ガラ)携帯で電話中だ。どうやら真琴さんと話をしている様だ。程なく電話を切り、
「なんか、これからこっちに来るって。久しぶりに一緒に風呂でも浸かるかってよ」
「この雪の中を? 運転大丈… って、ああ、お前の娘だもんなー」

 いやいやいや、光子と違って勉強一筋だった筈、運転、しかも雪道運転なんて大丈夫なのか?
「ああ。ちゃちゃって転がして来るってよ。アンタも一緒に入ろうぜ」
「ああ。って、おいっ恥ずかしいわ!」
「んだよ、会社の若えーのとは入っても真琴とは入れないってかコラ!」

 正直、小っ恥ずかしい。光子には無い双丘の膨らみには多少興味はあるのだが。
「…… 真琴さんが嫌がるだろう?」
「平気じゃね? そーゆーの気にしねえ娘だからな。おう、それより雪山隊はどーなってんだよ!」
「まだ発見は無い。正直厳しいかもな今回は」

 少し表情に翳が入るも、
「そか。ま、家宝は寝て待ってっつう〜からな〜」
「微妙に違うぞ。何時くらいに来るんだ?」
「あと30分くらいしたらって」
「じゃあ、ちょっと外散歩しないか?」
「…お、おお。い、行くか…」

 若干尻込みをする光子。それでも二人で初めて雪の中を歩く。のだが、なんとも屁っ放り腰でいつもの様にキリッとしない歩き方に
「お前。雪、苦手とか?」
「あ、あんま得意じゃねえ… ぎゃっ」
「危ねえなあ。ほれ、掴まれ」
「お、おう悪い… ぎゃっ」
「ちょ、そ、そんなしがみ付くな! バランスが… まだ足が… ぎゃっ」

 二人して旅館の外の雪溜まりに倒れ込む。新雪に包まれ、互いに雪まみれだ。光子の髪にも、長い睫毛にも雪が付く。顔を見合わせ、互いに吹く。そして見つめ合う。そしてゆっくり唇を近付ける。冷たかった彼女の唇が徐々に熱を持ち始めた時、クラクションが二回鳴る。
「何やっているんですか。いい初老の二人が?」
 同時に連続シャッター音が聞こえる。犯罪の証拠写真を撮られた気がしてブルっと震える。

「全く… お願いですから、翔の前では節度を持ってくださいね。まだ思春期の真っ只中なのですから」
「申し訳ありません… 以後気をつけます…」

 真琴さんは光子を睨みつつ、
「金光さん。本当にこんな母でよろしいのですか? 余りに社会的格差が違うと価値観の違いによってその後…」
「っセーな。いーんだよ。だって、私ら、あれ、『運命の出会い』ってヤツなんだからよ。な?」

 呆れ果てた真琴さんは溜め息を吐きながら、
「またそんな抽象的でいい加減な話を… しかし、母さんが特定の男性とお付き合いするのは確かに久し振りね。私が二歳の時と四歳の時の二人以来かしらね」
「は? 二歳の時の記憶あるの?」
「ありますが。それが何か?」

 湯気の立つ湯を掬い顔にそっとかける。まあこの子ならそれくらいありそうだ…
「それにしても。昨日の金光さんのお話、深く感じ入りました。貴方の仰る通り、私は母に甘え、息子に甘え、自分の我を通してきた気がします」
「ふん。やっとわかったか、このバカ娘!」
「母さん黙ってて。私、決めました。来年の春には東京に戻ります。そして墓参りは鬼沢君の命日に行く事にします」

 思わず顔が綻んでしまう。昨日の俺の叫びがしっかりと彼女の胸に届いたようだ。

「真琴さん。それが良いよ。まだ遅くない。家族一緒が一番だよ」
「ええ。主人もあと5年以内には出所できそうですから」
「そうだってね。でもいいのかい? ご主人が甲府刑務所に入っているから甲府に住んでいるんだろう?」

 真琴さんは困ったような顔で、
「実は前々から主人には東京に戻り家族と暮らして欲しいと言われていたのです。しかし私がそれを拒んでいたのです、家族に甘えて… でも、もう甘えません。家族にも自分にも。主人が出所して戻るべき家庭を今から作ろうと思います」

 光子が掌に湯を掬い、真琴さんの顔にかける。何するの母さん、と叫ぶ真琴さんに
「へへへ。三世代同居か。賑やかになるじゃねーか。いひひひ」
 あ、これ。居酒屋を手伝わせる気満々の悪い表情じゃねえか……
「東京に帰っても弁護士続けるんだよね? 何処かアテはあるのかい?」
「そう広くない業界ですから。前々から誘われていた事務所に声をかけてみようかと思っています」

 そう言えば葵が法曹関係に少し興味を持っていたな、なんて思い出していると、
「お二人は同居されないのですか?」
 とんだ爆弾を放り込んで来る。油断も隙も無い。俺は赤面化を隠しながら努めて冷静に、
「んー、まだ子供がな。彼らが独立する頃…」
「いひひひ。いっそみんなで一緒に暮らすか! 磯野家みたいによっ」

 ちょっと想像してみる。え… 立ち位置的に俺が波平? 確か波平は54歳、もうすぐタメ年である、そ、それは御免被りたい…
 思わず頭を抑え、毛量を確認してしまう俺である。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み