第19話

文字数 1,369文字

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 家に帰ってケータイを確認すると、竹内母からメールが来ていた。

返信するのが遅くなってしまい申し訳ありません。娘から話を聞きました。嘘をついたこと申し訳ありません。でも、そうするしかなかったんです。…

 また鈴ちゃん発信だ。情けない。僕は折り返し電話をかけた。
僕があの日竹内宅を訪れたこと、後日僕と鈴ちゃんの二人で会って話をしたこと、そして、家庭教師をすると決まったことを娘から聞かされた。
 私が持ち出したからではなくて、自分の意志で家庭教師をやると決めたと娘は私に話した。
 私の夫、つまり鈴の父親は外科医をしているが2年前から海外に長期の研修に行っている。鈴の姉に当たる娘がもう一人いるが彼女も2年前から東京の大学に通っていて、今家には私と鈴の二人しかいない。その鈴が学校に行っていない。二人になってから会話が少なくなり、鈴が学校に行かなくなってからはもうほとんど会話がなくなった。私は何をどう話したらいいのかわからず、鈴もあまり話してくれない。夫も娘もいなくて相談もなかなかできなかった。次第に家の空気も重たくなってきて息が苦しくなってきた。二人でいるのがつらかった。もちろん鈴が嫌いなわけではありません。そんなことは絶対にありません。私は鈴のことが大好きです。だからこそこの状況を何とかしたかった。そこで私が思いついたのが家庭教師でした。正規の家庭教師や塾からの派遣よりも個人で雇った方が融通がきくと思ったんです。そう考えていた時にあなたと偶然出会ったわけです。嘘をついたことは本当にすみません。でもそうするしかなかったんです。あれは気がついたらもう口にしていたのです。どうしてもあなたが必要だった。間に一人入ってほしかった。川の字の真ん中の線のように。本当にごめんなさい。でも、鈴から今回の件について話してくれてほっと一息つくことができました。今回は本当に話をしたのでその点は心配しないでください。勝手に話を進めたことに鈴はちょっと怒っていましたけど、それでも何とか理解を示してくれました。あなたの通っている大学で会ったそうですね。あなたに案内してもらったことを嬉しそうに話してくれました。久しぶりに鈴の笑顔を見ることができました。ありがとうございます。家庭教師の実務についてはあまり真剣に悩まないでください。私は娘の偏差値をあげてほしいと思っているわけではありませんから。娘の方もきっと話し相手がほしかったのだと思います。でないと、娘の方からお願いするとは言い出さないはずです。ですので、娘の勉強に付き添うくらいの軽い気持ちでかまいません。スケジュールやお金のことについてはまた改めてお話しましょう。では、よろしくお願いします。

 竹内さんの声は晴れやかだった。本当に娘と話をしたのだろう。娘の笑顔を久しぶりに見ることができたと竹内さんは言った。それは本当に何より喜ばしいことだ。でも僕は本当に感謝されるようなことをしたのだろうか。行動を起こしているのは鈴ちゃんじゃないか。僕は何もしていない。僕と竹内さんの間に鈴ちゃんが入っている。鈴ちゃんこそ川の字の真ん中の役目を努めているのではないか。だとしたら、僕と竹内さんで鈴ちゃんを圧迫して潰すようなことをしては絶対にいけない。
これで本当にいいのだろうか、僕はいまいち自信が持てない。
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