第43話

文字数 1,295文字

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 学校に行って授業に出て、ドラッグストアでバイトをし、走れる日には走った。長く走った日もあればすぐに止めてしまった日もある。自炊をするようにも心がけた。お米を炊いて、具を詰め込んだだけのみそ汁を作った。部屋をこまめに掃除して、布団を干した。そうやって人間的な生活を送って人間的な精神を何とか保とうと努めた。
でも本を読む気にはなれず、家庭教師に行くこともどうしてもできなかった。しばらく休ませてほしいと鈴ちゃんに連絡を入れた。

 僕はゆみ姉に電話をして、とびきりおいしいチーズケーキを用意しておいてほしいとお願いした。
「はい、とびきりおいしいチーズケーキ」と言って、ケーキとアイスコーヒーを出してくれた。僕はケーキを一口食べた。本当にとびきりおいしかった。
「あんたから連絡してくるって珍しいね」とゆみ姉はカウンタのーの向こうでグラスを拭きながら言った。
「ケーキをお願いしときたかったから」
ふうんとゆみ姉は言った。僕はストローをさしてアイスコーヒーを飲んだ。
「そうだ、ゆみ姉、飛鳥、ベトナム語じゃなくてインドネシア語だったじゃん」
「あれ、そうだった?」
「そうだった?じゃないよ。まぁどっちでもいいんだけど」
「栞さんの件はごめんね」とゆみ姉は謝った。ごめんとは思っていないようだった。
「何で黙ってたの?」
「言わないでって言われてたから」
「だとしても…」
「黙ってるのは得意だから。それにしても似てるよね。私は写真でしか見てないんだけど、なおちゃんは直接会ったんでしょ?」
「うん。びっくりし過ぎて倒れたくらいだからね」
「あらら」
「あららだよ、ほんとに。ん?倒れたって知らなかった?」
「うん、今初めて聞いた」
「飛鳥は何も言わなかったの?」
「うん、聞いてないよ」
「おたくら姉妹はどんな話をしてんの?」
「あんたの話じゃない話」
僕はため息をついた。チーズケーキを一口食べてコーヒーを飲んだ。
「で、友達は見つかったの?」
「うん。会えたよ」
僕の返事を聞くとゆみ姉はまたグラスをひとつ手にとって布巾で拭き始めた。それ以上は聞かなかった。
「あたしさ、あれから考えてたんだけど、明日っていう漢字だって日が二つあるよね」とゆみ姉は言った。僕は何の事だか分からなかった。
「ほら、なおちゃん、前に来た時言ってたじゃない。昨日におけるなんとかって」
それを聞いてようやく理解できた。
「ああ、昨日における日の割合」
「そうそれ。で、入ってるでしょ?明日にも日が二つ」
「たしかに」
「あんたがそんな変なこと言うから私も気になっちゃってさ。ま、気になっただけで深く考えてはいないんだけどね」
「じゃあ考えてみて」
「いやよ、私暇じゃないし」
「だから…」と言いかけた時、店のドアが開いて二人の婦人が入ってきた。ゆみ姉は二人を席に案内するためカウンターの外に出た。僕はチーズケーキを完食してアイスコーヒーを飲み干した。注文をとり終えて戻ってきたゆみ姉に「そろそろ行くよ」と告げた。
「もう行くの?」
「うん。若菜の所に行って来る」
「そう。気をつけて」
「うん、ありがとう。チーズケーキ、とびきりおいしかったよ」
 ゆみ姉は微笑んで僕を送り出してくれた。
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