第6話 第10章

文字数 1,556文字

 東京から戻った翌日。
 塁から自慢げのラインが沢山届く。因みに僕と塁と真木子はトークグループ『湯河原会』を形成しており、そこに昨日の試合中や試合後の写真を山ほどアップしてきた。

 真木子は一瞥し、
『甲子園大会までの練習試合の出場を禁じます。』
 父親と同じ轍を踏ませたくないのだろう。僕は一人微笑む。塁は意外にもそれをすぐに察し、
『大丈夫。父さんとは違うし。怪我なんてしないし。』
 愚鈍の筈の息子の成長に少し涙腺が緩む。
『私の指示を守らないならば湯河原を出入り禁止にします』
 僕はもはや声を上げて笑ってしまう。
『三峰監督にも私から指示を出しておきます』
 腹が痛い、腹の古傷が開いてしまうかと思う程に。
『おばさんマジでやりそう… ま、正直疲れ気味で練習サボりたかったからww ご忠告、有り難く聞いとくわ〜』

 その後、本当に真木子は僕のスマホから三峰に直電を入れ、塁を練習試合には出場させないよう、『指示』していた… 三峰は初めは何事かと混乱していたが、
「塁君の甲子園での活躍を一番夢見ていたのは、誰ですか?」
 その一言で三峰はうむむと唸り、やがてわかりました、と呟いた後、
「雅史さんは最高の奥さんもらったんですね」
「そんな人身売買みたいな言い方は指導者として良くないかと。合意の元ですから」
 この日以降、また真木子信者が増えてしまう。

 翌日。
『サンポー(三峰監督)が甲子園まで俺をA(チーム)から外すって。マジおばさん何か言った?』
『だからと言ってサボってスマホゲイムなんて厳禁です。しっかりと暑さ対策のトレーニングを積みなさい』
『合点…』
 もし塁が甲子園で活躍することがあれば、もはやそのお陰は真木子に帰すのではないか、と思えてしまう。

 甲子園を見据えた我が母校とは裏腹に、新チームが始動した河高野球部は、今日も僕の愛の鞭と叱咤がグランドに飛び散らかる。
 最近、特に三年生が引退後。マネージャーの理央の顔つきが変わり、実は僕以上に選手に厳しくなってきている。まさか真木子の影響だとは思いたくないが、
「今の砂浜ダッシュ、手抜いてた奴手上げろ。うん、そうだなお前ら。姐さんが話あるってよ。(顔が強張る四人)行ってこい。おい残りはアイツら戻るまで、ダッシュやり直し!」
「おい一年。部室汚ねえって何度言わせんだよ。姐さんにイヤミ言われるのアタシなんだけど!坂ダッシュ50。すぐ行け!」
「おい二年。グランドの隅にゴミ落ちてたし。拾うの誰だと思ってんだよ。姐さんだぞ拾ったの(全員顔が引き攣る)ハイ、坂ダッシュ100。ナウ!」

 割と真木子をダシに選手達に恐怖政治を敷き始めている。昨日僕の所に数名の選手から苦情が来たが、
「その話、まんま理央と真木子に伝えるわ。おーい、理央―」
 今日、僕の目をまともに見る選手は皆無であった。

 新チームになってから来年度高校生になる中三の見学が毎日ある。県外からも数名おり、特に東京から来た子たちはこの河奈の自然と理央の美しさを気に入り、受験を確約してくれる子が一人二人でない。
 そんな中に東京のシニア所属の子がいて、こともあろうに
「等々力シニアの沖田さんの紹介で来ました」
 と言うので真木子と二人でのけぞった。練習に参加させろと言うので好きにさせると、その実力は段違いであり、河高の選手達は皆呆然としてしまう。東京の強豪校からの誘いも多々あるんだろ、と問うも、
「確実に甲子園に行きたいんで。東京だと群雄割拠じゃないすか、静岡ならー」

 真木子がブチ切れるかと思いきや、
「合理的で良い考えだわ。あなたは成功するタイプの人間ね」
 目をキョトンとさせ、それでも誉められたのが嬉しくてペコリと頭を下げた少年が、二年後に河高を甲子園初出場させることは、僕も沖田も誰もが想像していなかった、ただ一人を除いて…
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