第6話 第11章
文字数 2,104文字
「六番 キャッチャー 青木君」
この試合、ここまで三打数無安打。僕と違いコイツには一発がある。ここまで2三振。相手のピッチャーは連戦で相当バテている。4Kの画面にはピッチャーの額の滝汗がクッキリと映っている。
一球目、内角高めのボール球を空振り。ハー、初球は様子見ろよ、馬鹿が。九回の裏だぞ、一点負けてんだぞ、塁を埋めるバッティングをしろよ… ウチの生徒なら蹴っ飛ばしに行ってる所である。
二球目、一塁ランナーが二盗する。塁は外角へボールとなるスライダーを空振り。僕が三峰ならピンチでもありチャンスでもあるこんなシーンで、この夏が最後の三年生を使うのだがな。切り札となるべき勝負強い三年を用意していない三峰に少し苛立つ。
それにしても太々しい。あと一球で負けなのにまるで練習試合に出ているかのような表情で相手投手を睨んでいる。アナウンサーもそれに気づいたようで、まだ試合は終わっていません一打同点のチャンスですなんて言ってくれている。
必ず一球外してくる。勝負は四球目だぞ、って何お前打ちに行って……
「完全に外しに行った外角へのボールがど真ん中に入りましたね、それを見逃さずおっつけてライトスタンドへ。たった一球の失投をモノにした青木君は非常に勝負強いですね」
解説者の言葉に僕も完全に同意だ。後で「調子に乗んなよ」とラインを送ろう。掌の汗をシャツで拭いていると、玄関からただいまーと声がする。
「エレベーターホールまで怒鳴り声聞こえたよー」
陶芸教室から汗だくで帰ってきた真木子がリビングに入ると、テレビ画面を見て、
「あ、間に合わなかったか… 勝ったの? 塁君! 何、ホームラン打ったの!」
「ああ、九回裏サヨナラ逆転ホームランな。」
「凄いじゃない。これでベスト4ね。プレーどころか戦績も完全に父を抜いたわね …やっぱり行きたかったんじゃない、甲子園?」
行こうと思えば河高の練習をキャンセルして行けたのだが。
「都大会は見に行けたのにね」
「あれは打ち合わせとか他に用事あったからね。」
「行きたい? 甲子園。のアルプススタンド。三十年ぶりくらいに座りたい?」
僕は思わず吹き出す。
「まきちゃんが一緒ならね」
「うーん。直射日光がねえ… またシミが… でも、塁君の勇姿見ておきたいし… 行っちゃう?」
「行っちゃおう!」
「よーし。準備だー明後日の決勝戦の可能性もあるから、二泊分の準備をしなきゃね」
「わかった。理央に連絡入れなきゃ。」
「そうね。それと。宿泊は、……あそこが、いいなあ」
京都。あの高級ホテル。初めて結ばれた、思い出のホテル。僕は何の異存もなく、理央への連絡よりも先にホテルの予約を優先させる。
「そう、そう。良いと思わない? 今度はさ、大文字焼き、そう、五山送り火を舞台にさ、正子が徹に、そうそう。な、という訳で取材費出るよね?」
丁度、大文字焼きの時期と重なることを真木子が察し、取材旅行も兼ねようということとなり、玉城くんに連絡を入れる。初めは渋っていたのだが、
「真木子がさ。どうしても一緒に観たいって言うんだよね。」
真木子がハンズフリーの電話に割り込み、
「次のコンペ、ハンデ八つあげるわ。それで手を打って頂戴ね。ではよろしく」
そう言って通話終了をタップしてしまう。
僕は俯いて笑いを堪えていると、
「これで準備は万端ね。明日の新幹線のチケットも抑えたし。そうだ、貴船神社の先にさ、新しくカフェが出来たんだって。今からちょっと行ってみない?」
「え? ベイマリーナの近く?」
「多分ね。行こ行こ!」
「外、暑くね?」
「もー。いいから、早く!」
この思い付き即行動派の僕たち二人は今日も健在だ。
車を走らせながらふと思いつく。
「そう言えば陸は来月から新学期じゃないか?」
「そうみたい。ブルックリンから通うみたいよ。」
「現地校か。そのまま向こうの大学行くのかな?」
「じゃないかなー?」
僕は久しぶりに陸に会いたくなる。
「冬に入ったらさ、練習もなくなるし。二人でニューヨーク行っちゃわない?」
「マジ? 行っちゃう?」
この思い付き即行動派の僕たち二人はこれからも健在だろうー
カフェは今風のガラス張りで席に着くと相模湾が一望できその景色が素晴らしい。メニューも豊富で地の素材をふんだんに使っている。とても居心地がよく二人して気に入ってしまう。これから何度一緒に通うことになるだろう。
真木子が夕暮れに差し掛かろうとするキラキラ光る海を見ながら不意にスマホをいじりだす。しばらくして僕のスマホが震える。画面を見るとMが表示されて…
「だからー、目の前にいるのに何で…」
「だって。忘れたくないから」
「え?」
「あの頃の気持ち。あの時亡くした人達。あの時傷付けた人達。」
「…そっか…」
この数年間のことが走馬灯の様にゆっくりと脳裏を過ぎる。
そして画面を眺める。
『鼻にミルクがついてるよー』
真木子は悪戯っ子の目をしながら、体を乗り出して僕の鼻の頭をペロリと舐める。
仕返しに何をしようか考える。
ふと思い直し、明日の新幹線の中まで取っておくことにする。
そして、幸せそうに微笑む彼女を飽きもせずに眺めることにする。
この試合、ここまで三打数無安打。僕と違いコイツには一発がある。ここまで2三振。相手のピッチャーは連戦で相当バテている。4Kの画面にはピッチャーの額の滝汗がクッキリと映っている。
一球目、内角高めのボール球を空振り。ハー、初球は様子見ろよ、馬鹿が。九回の裏だぞ、一点負けてんだぞ、塁を埋めるバッティングをしろよ… ウチの生徒なら蹴っ飛ばしに行ってる所である。
二球目、一塁ランナーが二盗する。塁は外角へボールとなるスライダーを空振り。僕が三峰ならピンチでもありチャンスでもあるこんなシーンで、この夏が最後の三年生を使うのだがな。切り札となるべき勝負強い三年を用意していない三峰に少し苛立つ。
それにしても太々しい。あと一球で負けなのにまるで練習試合に出ているかのような表情で相手投手を睨んでいる。アナウンサーもそれに気づいたようで、まだ試合は終わっていません一打同点のチャンスですなんて言ってくれている。
必ず一球外してくる。勝負は四球目だぞ、って何お前打ちに行って……
「完全に外しに行った外角へのボールがど真ん中に入りましたね、それを見逃さずおっつけてライトスタンドへ。たった一球の失投をモノにした青木君は非常に勝負強いですね」
解説者の言葉に僕も完全に同意だ。後で「調子に乗んなよ」とラインを送ろう。掌の汗をシャツで拭いていると、玄関からただいまーと声がする。
「エレベーターホールまで怒鳴り声聞こえたよー」
陶芸教室から汗だくで帰ってきた真木子がリビングに入ると、テレビ画面を見て、
「あ、間に合わなかったか… 勝ったの? 塁君! 何、ホームラン打ったの!」
「ああ、九回裏サヨナラ逆転ホームランな。」
「凄いじゃない。これでベスト4ね。プレーどころか戦績も完全に父を抜いたわね …やっぱり行きたかったんじゃない、甲子園?」
行こうと思えば河高の練習をキャンセルして行けたのだが。
「都大会は見に行けたのにね」
「あれは打ち合わせとか他に用事あったからね。」
「行きたい? 甲子園。のアルプススタンド。三十年ぶりくらいに座りたい?」
僕は思わず吹き出す。
「まきちゃんが一緒ならね」
「うーん。直射日光がねえ… またシミが… でも、塁君の勇姿見ておきたいし… 行っちゃう?」
「行っちゃおう!」
「よーし。準備だー明後日の決勝戦の可能性もあるから、二泊分の準備をしなきゃね」
「わかった。理央に連絡入れなきゃ。」
「そうね。それと。宿泊は、……あそこが、いいなあ」
京都。あの高級ホテル。初めて結ばれた、思い出のホテル。僕は何の異存もなく、理央への連絡よりも先にホテルの予約を優先させる。
「そう、そう。良いと思わない? 今度はさ、大文字焼き、そう、五山送り火を舞台にさ、正子が徹に、そうそう。な、という訳で取材費出るよね?」
丁度、大文字焼きの時期と重なることを真木子が察し、取材旅行も兼ねようということとなり、玉城くんに連絡を入れる。初めは渋っていたのだが、
「真木子がさ。どうしても一緒に観たいって言うんだよね。」
真木子がハンズフリーの電話に割り込み、
「次のコンペ、ハンデ八つあげるわ。それで手を打って頂戴ね。ではよろしく」
そう言って通話終了をタップしてしまう。
僕は俯いて笑いを堪えていると、
「これで準備は万端ね。明日の新幹線のチケットも抑えたし。そうだ、貴船神社の先にさ、新しくカフェが出来たんだって。今からちょっと行ってみない?」
「え? ベイマリーナの近く?」
「多分ね。行こ行こ!」
「外、暑くね?」
「もー。いいから、早く!」
この思い付き即行動派の僕たち二人は今日も健在だ。
車を走らせながらふと思いつく。
「そう言えば陸は来月から新学期じゃないか?」
「そうみたい。ブルックリンから通うみたいよ。」
「現地校か。そのまま向こうの大学行くのかな?」
「じゃないかなー?」
僕は久しぶりに陸に会いたくなる。
「冬に入ったらさ、練習もなくなるし。二人でニューヨーク行っちゃわない?」
「マジ? 行っちゃう?」
この思い付き即行動派の僕たち二人はこれからも健在だろうー
カフェは今風のガラス張りで席に着くと相模湾が一望できその景色が素晴らしい。メニューも豊富で地の素材をふんだんに使っている。とても居心地がよく二人して気に入ってしまう。これから何度一緒に通うことになるだろう。
真木子が夕暮れに差し掛かろうとするキラキラ光る海を見ながら不意にスマホをいじりだす。しばらくして僕のスマホが震える。画面を見るとMが表示されて…
「だからー、目の前にいるのに何で…」
「だって。忘れたくないから」
「え?」
「あの頃の気持ち。あの時亡くした人達。あの時傷付けた人達。」
「…そっか…」
この数年間のことが走馬灯の様にゆっくりと脳裏を過ぎる。
そして画面を眺める。
『鼻にミルクがついてるよー』
真木子は悪戯っ子の目をしながら、体を乗り出して僕の鼻の頭をペロリと舐める。
仕返しに何をしようか考える。
ふと思い直し、明日の新幹線の中まで取っておくことにする。
そして、幸せそうに微笑む彼女を飽きもせずに眺めることにする。