第6話 第5章
文字数 2,034文字
以来。僕は妻の威厳を盾に、シゴキの鬼と化したのだ。
ケツバット、蹴りはほぼ五分おき。挨拶がなってないと蹴り、言葉遣いが悪いとケツバット、文句を垂れれば連帯責任の砂浜ダッシュ。それを遠巻きに見ている漁師達がやんやの喝采を送ってくれる。
当時一年生だった五人をシゴキにしごき、彼らが二年生となる頃には立派な高校球児となっていた。四月に新入生を加え、夏の地区予選を目指そうとしたのだが、コロナ禍で大会自体が中止となってしまった。
それでも僕の熱血指導は続く。秋の新人戦に出場、十年ぶりの二回戦進出に町はざわつく。二十年ぶりの三回戦進出を決めると、地元以外の中学生の見学が増える。
そして今年。令和も三年目を迎えるもコロナ禍は治る気配が全く見えず。なれど僕の熱血は冷めることを知らず。四月に八名もの新入部員を迎え、部員数が三十年ぶりに二十名を超えた。
五月。連休の合間。僕の母校の監督である三峰が連絡をよこし、練習試合を組むこととなる。
三峰は僕の一年後輩で、甲子園ベスト8、神宮最多勝、プロ七十二勝。プロを引退した後巡り巡って一昨年から母校の監督をしている。
「塁君と… 感動の再会、だね」
妻は興奮するが、寮からちょいちょい抜け出して、湯河原に遊びに来てるじゃないか、と言うと、
「グランド上で! しかも、敵同士で! 何とかの星よ、星!」
異様なテンションの明子、いや真木子を宥め、僕の母校の分析に取りかかる。
試合当日。町営グランドにマイクロバスで到着した母校に、河高の部員達は興奮する。
「甲子園常連校と… 夢みたいだ」
「何とかコールド負けは… 無理か」
「しっかし。大魔神のコネって、マジすげえな…」
去年くらいから? 僕は彼らから『大魔神』と呼ばれている。それもキレっぱなしの大魔神、だそうだ。
因みに妻は、河奈界隈では『湯河原の魔女』と呼ばれているそうだ。初めは『美魔女』だったのが、ゴルフコンペでのエグい勝ちっぷりから、『美』が削除されたと言う。
半年ぶりに見る塁は僕よりも二回り大きくなっており、二年生ながら背番号2を背負っている。試合前に三峰監督と、
「どうだ、今年は、行けそうか?」
「西東京はエグいっすよ。そう簡単には行けませんね。」
不意に、僕らの西東京大会決勝戦の時を思い出し、
「そーそー、あの時。雅史さんが『生まれたての子羊』とか言うから。懐かしい」
三峰は強面を忘れさせる笑顔で呟きながら、
「雅史さん、試合後、ちょっと。」
僕が頷くと、三塁側ベンチに肩を怒らせながら戻っていく。
試合は… 三回まで、向こうのエースと塁がバッテリーで出場し、あとは控え選手達のオンパレードだった。河高はコールド負けを僅差で逃れ、皆大喜び。僕が一喝し、
「点差かける十本。坂ダッシュしてこいっ」
皆恨めしそうな顔で僕を睨みながら坂へ向かう。
「鬼、ですな」
三峰がクスクス笑いながらこちらに歩いてくる。
「雅史さん、ちょっと」
彼が首を三塁側ブルペンに向ける。三年生エースと塁が投げ込み練習をしている。眺めていると、塁がボールを捕球し損ない弾く。次も、弾く。下手くそめ。
「ちょっと、アドバイスしてやってくれません?」
「イヤだよ」
「俺、プロを通じて一番キャッチング上手かったの、雅史さんだったと思ってるんで。腕のことがなければ甲子園で大活躍して、高卒でプロも有りだったじゃないすか。」
コイツも… 山岸と同じで、口が上手い。良い指導者は口が上手い、生徒を乗せるのが上手い。僕は溜息をつきながら三峰の後を歩き始める。
「青木。ちょっと。」
塁が三峰を振り返り、僕に気付き怪訝な顔をする。
「雅史さん。こいつ、スプリット捕れないんですよ。」
スプリットファストボール。フォークボールの一種で、ストレートと見分けのつかない速度で大きく落下する『魔球』だ。
「ちょっとアドバイスお願いします」
三峰が頭を下げるのをエースと塁が唖然として見ている。
僕は苦笑いしながら、
「ミット、貸してみろ。」
塁が僕にミットを渋々渡す。ミットを嵌めると懐かしい塁の手の温かみが伝わってくる。
「君。投げて。」
エースが三峰の顔を伺い、三峰が頷く。
「本気で。」
エースが首を傾げながら頷き、なんだかすまなそうな顔で、大きく振りかぶる。
「いいか塁。お前は常に身体の正面で受けようとする。それでは落ちてくる球の落ち際が見えない。球筋と落下ぎわが一直線になるからな。だから、スプリット系の球を捕るときはー」
エースが糸を引くような速球を投げてくる。僕は身体を少しずらし、ボールの落ちぎわを斜めから視認しながら、
パシっ
「落ちぎわが見えなければ、一生キャッチできないぞ。」
ミットを外し塁に渡す。塁は受け取ったミットをじっと見つめ、やがてそれをはめ、エースに向かって、
「よっしゃあ、さあこい!」
十球後から、塁は確実に捕球するようになる。
三峰の温かい大きな手が僕の肩にそっと置かれる。何故か瞼に涙が浮かんでくる。
ケツバット、蹴りはほぼ五分おき。挨拶がなってないと蹴り、言葉遣いが悪いとケツバット、文句を垂れれば連帯責任の砂浜ダッシュ。それを遠巻きに見ている漁師達がやんやの喝采を送ってくれる。
当時一年生だった五人をシゴキにしごき、彼らが二年生となる頃には立派な高校球児となっていた。四月に新入生を加え、夏の地区予選を目指そうとしたのだが、コロナ禍で大会自体が中止となってしまった。
それでも僕の熱血指導は続く。秋の新人戦に出場、十年ぶりの二回戦進出に町はざわつく。二十年ぶりの三回戦進出を決めると、地元以外の中学生の見学が増える。
そして今年。令和も三年目を迎えるもコロナ禍は治る気配が全く見えず。なれど僕の熱血は冷めることを知らず。四月に八名もの新入部員を迎え、部員数が三十年ぶりに二十名を超えた。
五月。連休の合間。僕の母校の監督である三峰が連絡をよこし、練習試合を組むこととなる。
三峰は僕の一年後輩で、甲子園ベスト8、神宮最多勝、プロ七十二勝。プロを引退した後巡り巡って一昨年から母校の監督をしている。
「塁君と… 感動の再会、だね」
妻は興奮するが、寮からちょいちょい抜け出して、湯河原に遊びに来てるじゃないか、と言うと、
「グランド上で! しかも、敵同士で! 何とかの星よ、星!」
異様なテンションの明子、いや真木子を宥め、僕の母校の分析に取りかかる。
試合当日。町営グランドにマイクロバスで到着した母校に、河高の部員達は興奮する。
「甲子園常連校と… 夢みたいだ」
「何とかコールド負けは… 無理か」
「しっかし。大魔神のコネって、マジすげえな…」
去年くらいから? 僕は彼らから『大魔神』と呼ばれている。それもキレっぱなしの大魔神、だそうだ。
因みに妻は、河奈界隈では『湯河原の魔女』と呼ばれているそうだ。初めは『美魔女』だったのが、ゴルフコンペでのエグい勝ちっぷりから、『美』が削除されたと言う。
半年ぶりに見る塁は僕よりも二回り大きくなっており、二年生ながら背番号2を背負っている。試合前に三峰監督と、
「どうだ、今年は、行けそうか?」
「西東京はエグいっすよ。そう簡単には行けませんね。」
不意に、僕らの西東京大会決勝戦の時を思い出し、
「そーそー、あの時。雅史さんが『生まれたての子羊』とか言うから。懐かしい」
三峰は強面を忘れさせる笑顔で呟きながら、
「雅史さん、試合後、ちょっと。」
僕が頷くと、三塁側ベンチに肩を怒らせながら戻っていく。
試合は… 三回まで、向こうのエースと塁がバッテリーで出場し、あとは控え選手達のオンパレードだった。河高はコールド負けを僅差で逃れ、皆大喜び。僕が一喝し、
「点差かける十本。坂ダッシュしてこいっ」
皆恨めしそうな顔で僕を睨みながら坂へ向かう。
「鬼、ですな」
三峰がクスクス笑いながらこちらに歩いてくる。
「雅史さん、ちょっと」
彼が首を三塁側ブルペンに向ける。三年生エースと塁が投げ込み練習をしている。眺めていると、塁がボールを捕球し損ない弾く。次も、弾く。下手くそめ。
「ちょっと、アドバイスしてやってくれません?」
「イヤだよ」
「俺、プロを通じて一番キャッチング上手かったの、雅史さんだったと思ってるんで。腕のことがなければ甲子園で大活躍して、高卒でプロも有りだったじゃないすか。」
コイツも… 山岸と同じで、口が上手い。良い指導者は口が上手い、生徒を乗せるのが上手い。僕は溜息をつきながら三峰の後を歩き始める。
「青木。ちょっと。」
塁が三峰を振り返り、僕に気付き怪訝な顔をする。
「雅史さん。こいつ、スプリット捕れないんですよ。」
スプリットファストボール。フォークボールの一種で、ストレートと見分けのつかない速度で大きく落下する『魔球』だ。
「ちょっとアドバイスお願いします」
三峰が頭を下げるのをエースと塁が唖然として見ている。
僕は苦笑いしながら、
「ミット、貸してみろ。」
塁が僕にミットを渋々渡す。ミットを嵌めると懐かしい塁の手の温かみが伝わってくる。
「君。投げて。」
エースが三峰の顔を伺い、三峰が頷く。
「本気で。」
エースが首を傾げながら頷き、なんだかすまなそうな顔で、大きく振りかぶる。
「いいか塁。お前は常に身体の正面で受けようとする。それでは落ちてくる球の落ち際が見えない。球筋と落下ぎわが一直線になるからな。だから、スプリット系の球を捕るときはー」
エースが糸を引くような速球を投げてくる。僕は身体を少しずらし、ボールの落ちぎわを斜めから視認しながら、
パシっ
「落ちぎわが見えなければ、一生キャッチできないぞ。」
ミットを外し塁に渡す。塁は受け取ったミットをじっと見つめ、やがてそれをはめ、エースに向かって、
「よっしゃあ、さあこい!」
十球後から、塁は確実に捕球するようになる。
三峰の温かい大きな手が僕の肩にそっと置かれる。何故か瞼に涙が浮かんでくる。