第5話 第5章

文字数 1,153文字

 僕のこのスキャンダルは当然彼女も知ったことだろう。

 僕は彼女との約束を破った。京都で初めて抱いた時、もう二度と貴和子を抱かないと約束した。その後も幾度も念を押された。それでも僕は貴和子を抱き続けた。
 それ故、僕は彼女にメールを送ることが出来なかった。その資格が無かった。彼女の安否を憂う資格が無かった。

 幸いと言うか、日頃の彼女の警戒の賜物と言うべきか。僕と彼女の関係が世間に漏れることは無かった。直子も僕と彼女の関係は全く知らなかったようで、離婚手続きの話し合いの中でも、僕とまきちゃんの付き合いの話は一切出てこなかった。
 どうやら貴和子は写真を直子に見せなかったようだ。何故見せなかったのだろう。もし見せていれば僕と彼女を別れさせ、それまでの平穏な緩い関係を持続できたのに。その点だけが未だに僕は分からない。
 とまれ。僕から彼女に連絡を取る資格が、まだない。

 身体は順調に回復し、歩行のリハビリも難なくこなし、年明けには退院できる見込みとなる。新しく僕の担当となった編集者の若手のホープである玉城くんが、週に五回は僕の病室を訪れては色々な情報を伝えてくれる。
 曰く、貴和子の雑誌は休刊中だったがとうとう廃刊となった。
 曰く、僕の本の販売が二十万部を突破している。
 曰く、世間やネット上で僕は気の狂った編集者に殺されそうになった上に家族に見捨てられた悲キャラ扱いである。

「それ… 違うだろ… 貴和子が可哀想だろ!」
 僕が立ち上がりながら彼に抗議すると。
「いやいやいや。あの人の会社のパソコン、あ…」
「何?」
「…なんでもありません」
「玉城くん。パソコンがどうしたの?」
「先生… 僕が言ったって内緒ですよ… で、パソコンのフォルダー、先生の写真とか先生との私的メールとか、何十年分が詰まってたんですよー ちょっとキモ…いや、怖い人ですよ…」
 心なしか玉城くんは全部を吐き出したくて仕方なさそうだ。

「その中に私もよく使ってる興信所に探らせた、先生のプライベート写真とかも。偏執…」
 興信所… それって、まさか、あの写真! 僕と彼女の一緒にいる写真、キスをしている写真がこいつの会社中の社員に見られ… 背筋に冷たい汗が流れる。
「そ、その写真とか、そのパソコン、どうした?」
「事件直後に警察が持ってきましたよ。でもデータは全部クラウドに入ってたんで。」
「じゃ、そのデータ、お宅の会社が保全して…?」
「いやいや。逆に即消去ですって。先生に訴えられたら大変だからってー あーーこれも僕が言ったって…」
「内緒にしておくよ。」

 ホッとする。背筋の冷たい汗が引く。そしてある考えが頭に閃く。
「玉城くん。僕が内緒にしておく代わりにね、」
 玉城くんが青ざめる。
「な、なんでしょう?」

「僕に、その興信所を紹介してくれないかな?」
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