第6話 第7章

文字数 955文字

 その翌週。
 久しぶりに僕と妻は東京に一週間ほど滞在する。僕は新作の打ち合わせ、妻はシミ取り、エステ、デトックス、美容院、ネイルサロン… 毎日分単位の忙しさで駆け回っている。だが、僕らの本当の目的は、塁の応援である。
 
 我が母校は順当に勝ち進み、準々決勝、準決勝をそれぞれ僅差でかわし、あと一勝で甲子園となる。
 シミをレーザーで取ったから直射日光は厳禁なの、と妻は白のストローハット、顔に紫外線カットの特大のマスクをはめサングラスをしているから、一見芸能人にしか見えない。
 一緒に観戦していると周囲がざわつくのがかなりウザい。誰一人として僕を作家の青木マサシとして認識する人はおらず、某大女優の付き人兼マネージャー扱いである。
 それも試合が始まると収まり、白熱した展開に皆息を飲む。両校ともゼロ行進が続くが、七回に相手のエースのスタミナ切れに我が母校が襲いかかり、塁を含む五連続ヒットなどで一気に七点を入れ、試合を決める。
 
 九回の表、エースの投じた渾身のスプリットを華麗に捕球した塁がマウンドに駆け寄ると歓喜の輪ができあがり、場内に試合終了のサイレンが鳴り響いた。

「ねえ、本当に会わないで帰っちゃうの?」
 僕は肩をすくめながら、
「こないだ会ったばっかりだし。それより、まきちゃんは陸に会っていかないでいいの?」
 妻は肩をすくめながら、
「父親への愚痴を聞かされるから、会わない。それに渡米の準備忙しそうだし。今回はいいや」

 愚痴ぐらい聞いてやれよ… なんて言うと、じゃあ代わりにあなたが聞いてあげて、私は帰るから、位は言いそうなので、それなら帰ろうかと言うと帰ろうと頷く。
「早く美味しいお魚が食べたい。それとゴルフしたい。温泉入りたい。プリン食べたい。来宮神社お参りしたい。あとは、」
 新幹線の中で、まるで子供みたいだ。そう言うと、
「なんか最近、上から目線だよね。少しさ、あの三年の五バカ君達を見習った方がいいよ。謙虚さが大事なんだから。分かる?」
 いやキミの女王様目線、いや魔女目線も相当なものだぞ、と言うと
「それに、メロメロな癖に。」

 指摘通りなので、拗ねたふりをして車窓に目を向ける。
 都会で生まれ育った僕達は、都会を捨てて田舎に居場所を見つけ、帰巣本能に苛まれつつ湯河原に到着するのを待ち焦がれている。
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