第1話 第7章

文字数 2,521文字

 マンション住まいなので昨夜の雪の影響は少ない。打って変わって快晴となった大晦日、やり残した掃除とおせち料理作りの手伝い。今年は久しぶりに妻は正月に仕事が入らず、例年よりも確実に質の高いおせちが楽しめる。素直に嬉しい。
 流石の僕もおせち料理はハードルが高く、これまでに作ったことはない。今年は直子と二人で、色々と作ってみたのだが、これが中々面白く、来年は築地の場外市場に材料を買い出しに行こうと約束した。

 午後に四人で携帯ショップへ行き、子供達念願のスマホを手に入れる。僕と直子の設定は店員にやって貰い、大まかな使い方を教えてもらう。のだが、元々I Tには詳しくない僕はなんだかよくわからないまま店員の指示に従って操作し、ちっとも分からないまま店を出ることとなる。
 直子は仕事柄ハイテク機器に接する機会が多いため、スマホの原理を難なく理解し、早速僕に『ググって』見せてくれる余裕である。
 本当ならば直子に全部設定して貰いたかったのだが、G mailの件があるのでそうもいかず、直子が自分のスマホを設定しているのを横目でガン見しながら、僕もそれに乗っかってなんとか普通に生活していける位に設定することができた。
 Gmailも実に簡単にインストールでき、あの夜受け取ったアドレスもちゃんとアドレス帳に入っている。
 スマホはなるほど、パソコンと違い直感的に操作できる部分が多い。万事理路整然派の直子はアプリ一つ一つを丁寧にインストールし、その使い方を調べては唸っている。一方、万事直感ピピピッ派の僕は面白そうなアプリを片っ端からインストールしてはやっぱり消去、を繰り返しながら色々設定を重ねる。

 子供たちはさすがプレインフォメーションを友人達からバッチリ集めていたのだろう、帰宅途中で初期設定を終え、帰宅後には二人とも昔から扱っていたの如くスマホを使いこなし始める。
 ラインで家族ラインをするわよ、と華に言われて僕もラインをインストールし、その先がグダグダでさっぱり進まなかったので華が僕のスマホを取り上げて全部設定してくれた。そして『アオキーズ』なる名称のグループが創設され、そこに名を連ねる。
 よしよしこれでいいぞ、と安心しているとラインの友人が五十名ほどに勝手に膨れ上がっているのに腰を抜かす。どうやら自分の住所録に入っている人達の電話番号から自動的に友人になるように華が設定したらしく、聞いてみると案の定、
「ね、楽ちんでしょ。パパもこれで簡単に友達と繋がれるんだよ」
 成る程、これは簡単だ。簡単だけに色々な危険の匂いを感じる。セキュリティーは安全なのだろうか。簡単に他人にやりとりしたメッセージや写真が流出したりしないのだろうか。その辺のことを考えると、やはりメールの方がずっと安心できる気がする。
 まあ、家族とのやりとりや友人との簡単なやりとりはラインで構わないが、仕事や大事な人とのやり取りはとてもラインでは出来まい。メールの安全性、秘匿性には敵うまい。なので僕もこれはあくまで家族とのやり取り専用、と割り切って使用することとする。まあ間違っても将来このラインがメールに取って代わることなんて有り得ない。後数年の流行りってやつであろう。

 大晦日の夕食は我が家は年越し蕎麦を食べる。蕎麦は近所の蕎麦屋で買ってきて、あとは天ぷらを色々揚げて、年越し天ぷら蕎麦なのである。
 食べ終わり食器の片付けをし、リビングのソファーに皆で座る。
 スマホに飽きた僕と直子はテレビで紅白、華と塁はひたすらスマホのゲームを楽しんでいる。これ程何かに集中している子供達を見るのは初めてかもしれない。おい、ちょっと見せてみろと覗き込むと一斉に「キモ!」と拒否られてしまう。
 一人いじけていると、半分寝落ちしていた直子が急に跳ね起きる。
「ねえ、今日書いた年賀状、出したっけ?」
「あ…」
 書いた後まとめて玄関に置きっぱなしだ。
「パパーーー、おーねーがーいー、ついでにタバコでも買ってきたら?」
 まあ。年頃の娘やもうすぐ受験生の息子に行かせる訳にもいかないし。
「はーーい。そーしまーす」

 タバコは十分買い置きがあるのだが、直子の意向に従いコンビニへ向かう。そのコンビニの前には郵便ポストがあるのだ。寒空の下僕は一人部屋着の上にユニクロのダウンを突っ掛けて家を出る。
 それにしても遂に僕もスマホか。スマホがあればコンビニで現金要らないらしい。楽しみだ。僕の設定上手く出来たのかな。今後はスマホだけで買い物できるのか、確かにそれは便利だ。しかも電車やバスにもスマホタッチで乗れる。財布を持ち歩かないでよい生活が来るとはな。
 まだ僕は使いこなせていないが、なんでも地図アプリを上手に使えば迷うことなく目的地にたどり着けるらしい。若干方向音痴気味の僕には神の福音としか思えない。
 ドコモショップの店員はもっともっと便利な使い方を紹介してくれていたが、それらを全て使いこなせるようになるには数年かかりそうだ。とても来年中にスマホを使いこなす自信がない。だが それでも、子供達に、特に娘の華についていこう、教えを乞おう。きっと高飛車に教えてくれるに違いない。
 いや、いい娘を持って幸せだ。娘のアドバイスのおかげでとんでもなく便利な生活が始まろうといている。これからは娘の言うがままに生きていこう。娘さえいればいい…

 ブルッ ブルッ ブルッ

 何だ、更に何か買い足せってか、何々…
 画面には、小さく、然し乍ら燦然と輝くMのアイコンがポップアップしている。 
 僕のGmailは数年前から全く使っていない。時折広告かなんかが入ってくるが、基本他人との連絡手段として使用しておらず、と言う事はこのメールは九割広告、一割がまさかの彼女からの連絡。高校通算打率三割七分。路上で立ち竦み、震える指でアイコンをタッチする。

「昨年は大変お世話になりました。どうか良いお年をお迎えください 田中真木子」

「こちらこそ、昨年は大変お世話になりました。どうぞ良いお年をお迎えください
                                青木雅史」

 送信ボタンを押した時、遠く除夜の鐘が鳴り響き始めた。
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