第5話 第12章

文字数 1,488文字

 本当に、彼女は小田原駅にやって来る。

 カーナビを駆使してなんとか僕は駅に辿り着くも、すったもんだの挙句、何とか待ち合わせに成功したのはその一時間後だった。
 何故なら、彼女はようやく車椅子から杖の生活になり、かなり歩行困難だったからだ。僕は車を駐車し、スマホを片耳に当てながら駅周辺をぐるぐる回り、ようやく行列のプリン屋の近くで蹲っている彼女を見つける。

「私、山側って言ったよね。どうして海側で待っていたの?」
 久しぶりに、本当に久しぶりに会ったのに…

「なんで笑ってるの?」
「…いや、別に。どうして連絡くれたの?」
「だって。俺くんのこと考えてて、そう言えば去年しらす丼食べたなあ、って思ってたらあんな写真くるから…」
「マジで?」
「ねえ。私にいう事ない?」
「ゴメン! って、何度も謝った!」
「直接謝ってない!」
「だって、今まで直接会えなかった!」
「今日、やっとGmailが復活したんだから。仕方ないでしょ」
「留守電にずっと入れてたし、S M Sでも連絡してた! 返事全然くれなかった!」
「だって…」

 彼女の腕を取り、車までゆっくり歩き、助手席に乗せる。運転席に戻り車を発進させる。暫くお互い黙っていたが、信号待ちで彼女が、
「俺くん、有名人、今。」
「は?」
「三十万部突破でしょ? 夏ドラ決定でしょ?」
「あ、ああ、まあ」
「また若くて綺麗な女優さんと仲良しに、でしょ?」
「…ないって…」
「夏も、そう言った。」
「それは…ゴメン。貴和子とのことは今まで説明した通りでさ、だから。もうないから。二度と…」

 彼女はフンと僕を一睨みした後、
「一生、足不自由かも。邪魔になるでしょ? 私なんか。もうすぐ五十だし。だから、俺くんに連絡できなかった」
 大体僕の想定内。そんな風に思っていたから僕の連絡に返事しなかったんだ。
「僕だって、腹に傷負って、バツ二で、収入不安定で。中々の傷物だぜ」
「うわ… ホントだ… あの、ここで降ろしてくださる?」

 ようやく彼女が笑顔を見せる。
「でも俺くんも、連絡くれたりくれなかったり。何考えてるかサッパリわからなかった」
「それは…」
「何よ?」
「俺も、アレだったけど。まきちゃんもアレだったじゃん。」
 彼女はハアという顔になり、眉を顰める。
「俺も、貴和子とずっと関係持っちゃってたけど。まきちゃんもあの男と、ずっと…」
「関係なんて一度も持ってないよ。」
「いやいやいや。よく一緒に泊まりに行ってたじゃん? あの日だって幕張の…」
「でも、一度もしてないよ。あの日のホテルのことも、全然知らなかったし。」
 毅然とした態度で僕を見下す。あなた本当にそんな風に考えていたの? と。
「でも、雑誌にも…」
「あんな雑誌の記事と私。どっちを信じるの?」
「そ、それは…」
「何度でも言うよ。私はあの人とは一度も関係を持ったことは、ありません!」
 神様。もう一度彼女を信じようとする僕をお許しください…

「ほんっと。自分は散々淫らなことをしておいて。人のことをよく言うよ。信じらんない。」
 小田原から海沿いの国道の道を湯河原へ向かう。晴れ渡った青い空とやや霞みがかった紺碧の海との曖昧な境界線を彼女はずっと眺めている、そうあの日と同じように。
 すっかり彼女を信じ切る僕は、ひたすら恐縮するしか術を知らない。
「それより。どうしてまた湯河原なの?」
「東京から離れたくて。静かで海が見えて、美味しいものが食べれて、温泉に入れてーって探してたらさ、たまたま見つけたんだ。」
「ふーん」
「まきちゃんは、今、横浜の実家?」
「そう。腫れ物扱いされてて、居心地悪い。」
「そっか。あっ あのマンションじゃないかなー」
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