第2話 第1章
文字数 1,684文字
「す、すごいな、今の受験って。俺らの時と全然違うな…」
お正月の三ヶ日くらいは流石に休みかと思いきや、六年生は普通に元旦から授業らしい。なんて塾なんだろう。再来年が思いやられる。ま、先の話と思いつつ、でも光陰矢の如しだぞと息子に言っている手前、僕も覚悟しておかねばなるまい。再来年はこうして沖田と酒を酌み交わすこともできまい。
「そうなんだよ。こうしてお前と飲めるのも来年限りだ。」
「三年後からはまた飲めるじゃないか?」
「おう、僕がそれまで生きていたらな。」
小中学生時代からの唯一の友人。
「それで、塁はお前と同じ学校受けるのか?」
「ああ、そうみたい。」
「何だよ、俺の母校に来てくれよー」
「なあ。そんで二度目の甲子園目差せっての。」
都立の星、再び、か。かっこいいな。それ。
「で、お前コーチもやめちゃったのか?」
「ああ。塁がいないのに、やる気しないわ。」
「何だよ、じゃあウチんとこ手伝ってくれよ!」
「ははは、もういいわ。」
「そっかー、もったいね…」
お前が監督でその下で働けって? やめときます、未だに体罰アリなんだろ、よく訴えられないな… 僕は苦笑いしながらタバコに火をつける。
「そりゃあ、愛だよ愛。お、俺の蹴りにはなあ、愛がこもってんのお!」
「お前なあ、今時無いだろ、蹴りは」
未だに体罰とか有り得ない… だが、この元都立の星、沖田慎太郎は僕のリトルリーグ時代のチームメートだった。同じ中学校に進み都大会ベスト四、彼は強肩強打のセンターだった。僕は受験で私立に進み、彼は都立校に進んだ。そして二年生の時夏の甲子園に出場、地元の星と呼ばれた男であったのだ。
大学は推薦で都市大学リーグに進み、そこそこ活躍した後普通の企業に就職した。その後地元のリトルおよびシニアリーグのコーチを引き受け、彼のチームは東京の城東地区の名門として名を馳せているのだ。
「おい、雅史、次行くか! 智美ちゃんの店、行くかあ!」
「行かねーよ。絶対行かねえ」
「んだよお、冷たいなお前、おえ、ナオちゃんには黙っとくからよおー」
「いーーや。絶対に行かない。」
当然、僕の過去の女性遍歴を全て知り尽くしている、いや、殆ど知り尽くしている。前妻の元モデルの翔子のこともよく知っており、三人で何度か踊りに行ったり飲みに行ったものだった。
翔子と別れた後、直子と付き合い出した時には、
「正に、雅史が出会うべくして出逢った女性だよ!」
なんて調子のいいことを言い、直子にはちょっとだけ受けがいいのでコイツとの飲みは完全フリーパスなのである。
そして去年も一昨年も、こんな感じで二軒目、三軒目と進んで行き最後にはスナックかキャバクラで締め、なのが恒例化しつつある。まあ僕も嫌いではないからなんだかんだで最後まで付き合うのだが、今年はどうしてもその気になれない。その訳は…
「あーーーー、テメー、さては惚れた女できたな?」
「え」
「え?」
一瞬の隙を突かれてしまう。ダメなんだ、昔からこいつにだけは嘘をつけない。と言うよりも野生の感が鋭く、割と色々見抜かれてしまうのだ。
「ででで、どんな子よ。さては編集のバイトの女子大生か、マジか、おい、友達紹介しろって言っといてく…」
「はあ? 違うし」
「じゃ、じゃ、じゃあ誰よ?」
三陸生まれかお前は。何かちょっと違うけど。
「ま、まさかナオちゃんの部下のナース?」
「ありえない」
「じゃ、じゃ、じゃ野球のママ友――、は無いか、若くないし…… え?」
「え?」
「マジ? 嘘だろ? ババアかよ?」
「おい、今なんて言っ…」
「無いわー てか、勿体ねー お前、よりによって人妻あ? 無いわー で、やった?」
深くため息をつきながらタバコに火を点ける。こいつといると、幾つになっても昔の現役のまま。一体僕たち幾つになったと思ってるの。あのな、あの人は違うの。そんなやるやらないの対象じゃないの。瞳を奪われたの。心を奪われたの。好きだとかしたいとかじゃないの。
「んーーーーー、全くわかりゃん。ま、好きにすりぇば。ひっ。」
ま、こいつに会わせる事は間違いなく無さそうだ。タバコの灰がグラスの中に落ちた。