第4話 第14章
文字数 2,184文字
夢を見ていた。
彼女が僕にメールを書いている。書いては貴和子にダメ出しされ、書き直しても又貴和子にこれではダメだと言われている。彼女の後ろから直子がこう書き直せばオーケーが出るよと教えてやり、その通りに書き直すと貴和子がようやく送信を許可した。
彼女はホッとした様な顔で送信ボタンを押す。
遠くでスマホが鳴る。ハッと目覚めると、僕のスマホに着信があったようだ。どこまでが夢の続きなのか一瞬分からなくなり、隣で寝ている貴和子を見てようやくこれが現実だと認識する。
ベッドサイドに手を伸ばし画面を見ると、M… ではなく、直子からのラインだった。
『陸くんのママらしい人が交通事故で大変な事になってるって貴和ちゃんの雑誌に出てるけど、マサくん知ってた?』
僕は跳ね起きる。何だって? まきちゃんが交通事故? それが貴和子の雑誌に?
いや、これは夢だ。さっきの夢の続きなんだ。このラインは直子が彼女に書かせて貴和子の許可を得て送ったモノなのだ、だから……
「んんん? 直ちゃんからの連絡?」
貴和子が欠伸を堪えながら僕に呟く。もう一度スマホの画面をしっかりと読む。そして貴和子に画面を向けて、
「直子からこんなラインが届いたんだ、この記事に心当たりあるか?」
貴和子は大きく伸びをして、どれどれと僕のスマホの画面を覗き込む。そしてニヤリと笑う。
僕が再度貴和子に問いただすと、ちょっと待っててと言って全裸のままベッドから抜け出す。
「この記事の事でしょ?」
貴和子はソファーの上からバッグを持ってきて、中から彼女の雑誌を取り出し僕に渡す。僕は慌てて頁を捲りその記事に辿り着く。そこには…
『エリートサラリーマン夫人の『昼顔』の果て〜 車が高速道路で横転、青年は死亡、夫人は意識不明の重体に!』
「何だ… これ…」
『まるで流行のドラマを地で行く出来事が世間を驚かせている。世田谷区のエリート商社マンの妻A子さんが情夫の元半グレのBさんと二人でゴルフ旅行をした帰りの高速道路上で車が横転、Bさんは全身を強く打ち病院へ搬送される途中で死亡、Aさんも意識不明の重体で入院するという事件が起きた。警察の調べではBさんがスピードを出し過ぎていたことが原因だそうだ。世田谷の高級マンションに住み夫は超エリートという誰もが羨む超セレブの彼女が何故十歳も年下の元半グレの青年と交際していたのか。事件は謎が深まるばかりであるー』
記事には男と彼女の顔が目隠しで大きく載せられている。読み進めていくとその記事は、男の強い精力にセレブ妻がメロメロだったのでは、という展開となっている。
横転した車の写真を見る。ひしゃげたトランクルームからゴルフセットが路上に転がっている。そのヘッドカバーにはMの文字が付いているー
車の損傷度から、彼女は相当な重傷を負ったに違いない。めまいがする程彼女の容体が心配だ。
ゴルフ旅行? ただの日帰りゴルフなんだろ?
『「いつまで経ってもいらっしゃらないので事故に遭ったのでは、と心配してましたがまさか実際に…」と絶句するのはホテルの支配人。「当ホテルのレストランと宿泊の予約をいただいておりました。ええ、勿論二名様で」昼顔もここまで堂々とされると正に「呆れ顔」だ。年下の彼氏に十九番ホールを迫る美魔女のA子さん。エリート亭主の「泣き顔」に世間は大いに同情するであろう』
僕は急に吐き気を覚え、トイレで胃の内容物を吐瀉する。吐くものが何も無くなると、苦い液体が僕の顎を伝う。
口を濯いでからヨロヨロとベッドに向かい、仰向けに倒れ込む。
二つの不安が僕を正常で無くしている。
どんな怪我を負ったのか 意識は戻ったのか 元通りの生活に戻れるのか
その男とは僕と同じ関係だったのか 旅行に行き体を求め合う関係だったのか
不意に貴和子が能面の顔で僕の頭上に現れる。そして僕が夏に京都で買ってきた土産袋を僕に向ける。
「この長い髪の毛は、この人のだよね?」
袋から一本の長い髪の毛を取り出す。
「この人の私へのお土産なんだよね?」
僕は呆然とする… そして貴和子の目を直視する。狂気を孕んだ目をしている。ちょっと待て、まさか…
「キミが、書いたのか?」
彼女は冷笑と共に僕を見下す。
「バチが当たったんだよ」
僕は大きく首を振る。
「先生の嘘つき」
袋から小さな包丁を取り出す。恐怖で、僕は体を動かすことができない。
「誰にも渡さないよ ナオちゃんにも この女にも!」
貴和子が包丁を握りしめる。髪の毛が音を立てて逆立つのを感じる。
「全部、先生が… 貴方が悪いんだよっ」
全てがスローモーションであった。
仰向けの僕に勢いよく彼女が覆い被さると同時に、腹部に冷たい痛みを感じる。
声にならない声を挙げると、貴和子は狂気の目で大声で笑い出す。
「きゃははは、刺しちゃった、キャハハハハ…」
その狂った目からは大粒の涙がボタボタ落ちている。完全に正気を逸しており、このままでは僕は…
そして。僕の腹から包丁を抜く。今度は激痛で意識が遠くなりそうだ。
貴和子は僕の血で塗れた包丁を自分の首筋に当てる。
「これで… 貴方は永遠に私のモノ…」
一瞬、正気の目に戻った気がした。
貴和子の首筋から信じられない量の血飛沫が出るのを薄っすらと見ながら、僕の意識は冷たく沈んで行く。
沈んで行く。
どこまでも沈んで行き……
彼女が僕にメールを書いている。書いては貴和子にダメ出しされ、書き直しても又貴和子にこれではダメだと言われている。彼女の後ろから直子がこう書き直せばオーケーが出るよと教えてやり、その通りに書き直すと貴和子がようやく送信を許可した。
彼女はホッとした様な顔で送信ボタンを押す。
遠くでスマホが鳴る。ハッと目覚めると、僕のスマホに着信があったようだ。どこまでが夢の続きなのか一瞬分からなくなり、隣で寝ている貴和子を見てようやくこれが現実だと認識する。
ベッドサイドに手を伸ばし画面を見ると、M… ではなく、直子からのラインだった。
『陸くんのママらしい人が交通事故で大変な事になってるって貴和ちゃんの雑誌に出てるけど、マサくん知ってた?』
僕は跳ね起きる。何だって? まきちゃんが交通事故? それが貴和子の雑誌に?
いや、これは夢だ。さっきの夢の続きなんだ。このラインは直子が彼女に書かせて貴和子の許可を得て送ったモノなのだ、だから……
「んんん? 直ちゃんからの連絡?」
貴和子が欠伸を堪えながら僕に呟く。もう一度スマホの画面をしっかりと読む。そして貴和子に画面を向けて、
「直子からこんなラインが届いたんだ、この記事に心当たりあるか?」
貴和子は大きく伸びをして、どれどれと僕のスマホの画面を覗き込む。そしてニヤリと笑う。
僕が再度貴和子に問いただすと、ちょっと待っててと言って全裸のままベッドから抜け出す。
「この記事の事でしょ?」
貴和子はソファーの上からバッグを持ってきて、中から彼女の雑誌を取り出し僕に渡す。僕は慌てて頁を捲りその記事に辿り着く。そこには…
『エリートサラリーマン夫人の『昼顔』の果て〜 車が高速道路で横転、青年は死亡、夫人は意識不明の重体に!』
「何だ… これ…」
『まるで流行のドラマを地で行く出来事が世間を驚かせている。世田谷区のエリート商社マンの妻A子さんが情夫の元半グレのBさんと二人でゴルフ旅行をした帰りの高速道路上で車が横転、Bさんは全身を強く打ち病院へ搬送される途中で死亡、Aさんも意識不明の重体で入院するという事件が起きた。警察の調べではBさんがスピードを出し過ぎていたことが原因だそうだ。世田谷の高級マンションに住み夫は超エリートという誰もが羨む超セレブの彼女が何故十歳も年下の元半グレの青年と交際していたのか。事件は謎が深まるばかりであるー』
記事には男と彼女の顔が目隠しで大きく載せられている。読み進めていくとその記事は、男の強い精力にセレブ妻がメロメロだったのでは、という展開となっている。
横転した車の写真を見る。ひしゃげたトランクルームからゴルフセットが路上に転がっている。そのヘッドカバーにはMの文字が付いているー
車の損傷度から、彼女は相当な重傷を負ったに違いない。めまいがする程彼女の容体が心配だ。
ゴルフ旅行? ただの日帰りゴルフなんだろ?
『「いつまで経ってもいらっしゃらないので事故に遭ったのでは、と心配してましたがまさか実際に…」と絶句するのはホテルの支配人。「当ホテルのレストランと宿泊の予約をいただいておりました。ええ、勿論二名様で」昼顔もここまで堂々とされると正に「呆れ顔」だ。年下の彼氏に十九番ホールを迫る美魔女のA子さん。エリート亭主の「泣き顔」に世間は大いに同情するであろう』
僕は急に吐き気を覚え、トイレで胃の内容物を吐瀉する。吐くものが何も無くなると、苦い液体が僕の顎を伝う。
口を濯いでからヨロヨロとベッドに向かい、仰向けに倒れ込む。
二つの不安が僕を正常で無くしている。
どんな怪我を負ったのか 意識は戻ったのか 元通りの生活に戻れるのか
その男とは僕と同じ関係だったのか 旅行に行き体を求め合う関係だったのか
不意に貴和子が能面の顔で僕の頭上に現れる。そして僕が夏に京都で買ってきた土産袋を僕に向ける。
「この長い髪の毛は、この人のだよね?」
袋から一本の長い髪の毛を取り出す。
「この人の私へのお土産なんだよね?」
僕は呆然とする… そして貴和子の目を直視する。狂気を孕んだ目をしている。ちょっと待て、まさか…
「キミが、書いたのか?」
彼女は冷笑と共に僕を見下す。
「バチが当たったんだよ」
僕は大きく首を振る。
「先生の嘘つき」
袋から小さな包丁を取り出す。恐怖で、僕は体を動かすことができない。
「誰にも渡さないよ ナオちゃんにも この女にも!」
貴和子が包丁を握りしめる。髪の毛が音を立てて逆立つのを感じる。
「全部、先生が… 貴方が悪いんだよっ」
全てがスローモーションであった。
仰向けの僕に勢いよく彼女が覆い被さると同時に、腹部に冷たい痛みを感じる。
声にならない声を挙げると、貴和子は狂気の目で大声で笑い出す。
「きゃははは、刺しちゃった、キャハハハハ…」
その狂った目からは大粒の涙がボタボタ落ちている。完全に正気を逸しており、このままでは僕は…
そして。僕の腹から包丁を抜く。今度は激痛で意識が遠くなりそうだ。
貴和子は僕の血で塗れた包丁を自分の首筋に当てる。
「これで… 貴方は永遠に私のモノ…」
一瞬、正気の目に戻った気がした。
貴和子の首筋から信じられない量の血飛沫が出るのを薄っすらと見ながら、僕の意識は冷たく沈んで行く。
沈んで行く。
どこまでも沈んで行き……