第14話 これが信用できなくなるということか

文字数 1,195文字

性格の違いといえばいいのだろうか。
同じ経験をしたように見えても、明美と正人では全く違う経験をしていた。
それは今回の件でも同じだった。
明美にとって、もう問題は解決していた。
そして、よりお互いを理解し、二人の絆が深まったと思っていた。
しかし正人は違っていた。
正人にとっては、明美との違いについてより考えさせられるきっかけとなっった。





「ごめん」





正人の背中を感じながら、明美はそう語りかけた。
明美にとって、正人の背中は変わりなく温かかった。





「全部嘘なの。ちょっと感情的になった」





明美は素直に話せたことに安心していた。
ずっと素直になりたかったのだ。
なんて自分は愚かだったんだろう。
自分が思ってもいないようなことをいってしまうことほど、辛いことはない。
まさか正人に自分が感じているこの安心感の全てが伝わっていないとは思ってもいなかった。


正人は混乱していた。
いったい何が本当で、何が嘘なのか。
明美のことも自分のことも分からなくなっていた。
これが信用できなくなるということか。
正人は、今まで自分が知らなかった感情を覚えていた。



明美は正人が何を考えているか想像できなかった。
完全に自分のペースで物事を感じ、理解していた。
まさか正人が明美のことを信用できなくなったなんて思ってもいないことだった。



「妊娠したのも全部嘘」



明美は伝えるならこのタイミングしかないと思った。
今なら大丈夫。
なぜかそんな自身があった。
でもそれは幻想に過ぎなかった。
それは正人にとって、最悪なタイミングだった。
正人は気持ちがついていかず、何も言葉に出来ないでいた。
それは明美にとって無言の許しに感じられた。
明美は二人にしかない空気感を確かに感じていたのである。


明美は幸せだった。
なにもかも解決した。
今まで本当に苦しかった。
でもそれから今やっと解放されるのだ。
明美はただただ嬉しかったのだった。
明美はさっきまで懐かしく感じられた正人の背中を感じていた。
背中から正人の体温を感じ、すべて解決したことを喜んでいた。
それは明美の一方的な行為だった。
正人は抱きついた明美の手を握り返すことすらしなかった。
でも一方的に酔いしれる明美は全く気づいていなかった。


その時だった。
正人のスマホが鳴った。
スマホは明美の手に握られていた。
知らない携帯番号が表示されていた。
明美は仕事の電話だと思った。
正人はすぐに優和だと分かった。
明美と正人は顔を見合わせた。
その時、正人は明美に尋ねるようにじっと見た。
しかし明美には正人の気持ちは届いていなかった。
スマホの電話は鳴りやんだ。
そしてまた電話が鳴った。
そこには同じ携帯番号が表示されていた。
正人はスマホを明美から受け取り、部屋を出た。

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