第18話 自分が自分でいることからは逃げられない

文字数 1,052文字

正人はどう思い、どう考えるべきか分からなかった。
自分の想定を超えた体験をした時に、自分であるにも関わらず、まるで本当は他人であったことを知ったような感覚だ。
正人の感情は完全に停止していた。
それくらい正人にとって明美の行動は有り得なかった。
そして明美に対する正人の感情もきっと有り得ないものなんだろうと想像できた。

 

正人は混乱していた。
正人は明美のことを愛していた。
心底愛していたはずだった。
だから落胆し、許せず、自暴自失とでもいうべき状態に陥っている。
正人は冷静に自分の状態を推論していた。




正人は明美が、自分のことを信用してくれなかったということに落胆している。
そして思っていた以上に傷ついている。




正人はそう自分自身に語り掛けた。




それくらい明美のことを信用していた。
そしてそれは一方的なものだった。




それくらい明美のことを信じていた。
そしてその気持ちが全てだった。




正人は「愛している」という言葉ほど簡単なものはないと思っていた。
だから明美との関係に、軽々しく愛は語らなかった。
正人は明美との関係で愛を知ったつもりでいた。
お互い信頼し合っている関係、それが全てだと思っていた。




そのはずだった。



正人はそもそも明美をなぜ好きになったか考えた。
あえて答えるならば居心地だと思った。
明美の明るく、前向きで、楽天的な雰囲気が好きだった。
正人は気難しく考えてしまう自分を忘れることができた。




でもそれは単なる現実逃避に過ぎなかったんじゃないか。
正人は自分が嫌いだった。
自分とは似ても似つかない明美と一緒にいると、自分を忘れることができた。
でもそれは一時的なもので、自分とは全く違う人物といると、まるで自分が自分でいることを否定し続けなければならないのではないか。
それは苦しいことなんじゃないか。



優和は自分が自分でいることを肯定できる存在だった。
正人は優和には自分と同じ生きづらさがあると思っていた。
そして優和は正人と同じ生きづらさがあっても自分を一生懸命生きていた。
優和は自分の生きづらさをよく理解し、それから決して逃げようとはしていなかった。
そしてその姿に正人は励まされていたのだった。



明美は自分を忘れさせてくれる場所。
でも自分が自分でいることからは逃げられない。




じゃあ、どうする?




皮肉にもこの質問はつい先ほど明美に問うた質問そのものだった。

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