第4話 本当の嘘

文字数 1,193文字

悲劇の始まりは、高校2年のクラス替えだった。
明美は、仲良くしていた友達とクラスが別れてしまった。

「同じクラスだね」

優和の声に、明美は顔を上げると、優和は親近感のある心地よい笑顔で迎えてくれた。
暖かい日だった。
クラス替えの発表で、みんな心が浮き立っており、テンションが高かった。
明美は、もしかしたら優和のことを勘違いしているのかもしれない、その時はそう思ったのだった。
明美は安心したように優和に微笑み返した。

「私と一緒にいてくれる?」

優和は、優しく、明美に尋ねるのだった。
少し違和感のある質問だったが、明美は、とくに考えることもなく頷いた。





      ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢





まさかこんなにあっさり信じてもらえるとは思っていなかった。
それ以上に、動揺する正人の姿に驚いた。
喜んでくれると思っていたからだ。
明美は知りたくもない真実の扉を開けてしまった。



明美は、目を丸くして、言葉につまる正人の姿を、まるで第三者のように眺めていた。
この現実を受け入れてしまったら自分は壊れてしまう。
落ちていく。
第三者となった明美はそう自分のことを観察するのだった。



正人は明美の言うことを嘘だとは思わなかった。
ついに迎えてしまった悲劇を受け入れられなかったのだ。
明美の告白は嘘だったが、正人の反応は本物だった。

明美は信じていた。
夫である正人は、妻である明美を愛しているということを。
当然、その子どもは最上の喜びとともに受け入れられるだろうと。
結婚したからといって、お互いの思いが本物であるかどうかなんて、分からないのは、知っていたはずだった。
でも正人は違うと思っていた。
自分はどうだった?
妥協していたじゃないか・・・本当に?

明美は、ただ悲しかった。
そう、明美は正人のことを愛していたのだ。
しかし、明美自身、その気持ちを自分ではよく理解していなかった。
明美にとって、夫である正人は一番じゃないと思っていた。
でも本当は明美が一番じゃなかったのだ。
夫にとって、明美が妥協だった。
子どもによって、明美との縁は簡単には切れなくなる。
その悲劇が正人を悲観させているのだ。



「責任はとる」



やっと出てきた正人の言葉を、明美はすぐには理解できなかった。

これ以上、傷つくことはできないと思っていた。
だから、妥協したと思うことにした。
正人が自分に妥協していたことなんて、最初から気づいていた。
それでも正人が好きで一緒にいたかった。
ずっと逃げていた。
気づいていないふりをしていれば、傷つくことはないから。



これ以上、無理だ。



「それが父親になる人の言葉?」



明美は、正人を見た。
正人は顔を上げたが、明美は正人が明美のことを見ていないことを知っていた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み