第46話 不幸にならない覚悟

文字数 1,179文字

明美は正人からの電話に出た。
近くの公園にいることを伝え、電話を切った。

すぐに正人が来た。
明美は正人に気づき、軽く手を挙げた。
でも正人には勇しか見えていないようだった。
正人は勇のことを見つけるとすぐに抱き上げた。
正人が強く抱きしめたせいか、勇は苦しそうにしていたが、明美には勇が嬉しそうに見えた。
明美は挙げたまま固まっていた自分の手を何事もなかったかのように静かに下ろした。
その時、正人の後ろにいた優和も勇を見つけ、当然のように二人のもとに行った。
そして優和は勇を抱きしめた正人に覆いかぶさるようにして勇を抱きしめていた。
それはまさに感動の家族の再会だった。
その場に馴染んでいないのは明美だけだった。
明美はなぜ自分がそこにいるか分からなかった。

勇は正人から離れなかった。
そしてその勇を正人は受け入れていた。
正人は勇の気持ちに答えるように、勇を強く強く抱きしめていた。
明美はもう見ていられなかった。
気付いたら明美はその場から逃げていた。
ただその場からどこか遠くに消えてしまいたかった。
でも明美の場所はどこにもなかった。
どこにも行く当てがなく、結局正人と暮らしていたあの家に戻ってきた。



あれからどれくらいの時間が経っただろうか。
正人が帰ってきた。
結局、正人からはあの後一度も連絡がなかった。
正人は明美がいなくなったことに気づいたのだろうか。
気づいていてもそれは大して問題ではなかったということなのだろうか。



正人は家に帰ってからずっと心ここにあらずだった。
明美は悲しかった。
いったい正人にとって自分はなんなんだろうか。
自分の存在は、あの理想の家族を壊した加害者としてしかないんじゃないか。
そしてこれが物語だとしたら、この物語は明美という過ちを乗り越えて、その理想の家族のもとへ正人が戻ることで完結するような気がした。




でも何よりも一番嫌なことは、自分の子どもが勇のような思いをすることだった。
明美はそう考えてしまう自分を最低だと思ったが、そう感じることが事実だった。
勇は自分の気持ちに正直になれないことに慣れていた。
明美は悲しかった。
それは不幸だと思った。
幸せとは何か分からなかったが、明美にはそれが不幸であることを確信していた。
自分の子どもには勇君のようにはなってほしくない。
明美は絶対に不幸にはなりたくなかった。
正人と向き合おう。
無理だなんて簡単には思わない。



明美が幸せになることはあの家族の代償のもとにある。
それでもいい。
明美が家族を思い出すときに、きっとあの家族と比べてしまうだろう。
それでもいい。
明美は自分の感情に無神経であることを誓った。
それは明美が不幸にならないための覚悟だった。
明美は正人に妊娠したことを伝えることに決めた。

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