第35話 傲慢な未来

文字数 1,105文字

優和は時折心細さを感じることがあったが、それがなぜだか分からなかった。
優和は幸せだった。
いや今もちゃんと幸せだ。
夫がいないことも、子どもに父親がいないことも全部自分が選んだ。
だからそのことに関して後悔しているとは思っていなかった。
この感情の原因は何だろうか。
優和は目の前の明美をまじまじと見た。



明美はいつでも自信に満ち溢れていた。
それは自分が愛されているという自身だ。
でもそれは優和も勇によって満たされた感情だった。
明美はいつでも大丈夫とでも言うかのような余裕があった。
でもそれは今更不安に思うことではないと思っていた。
優和は勇のためにやるしかないという義務感で、そこまで不安を感じずにいられた。
優和は勇のおかげで幸せだと思えていたはずだった。





明美にあって優和にないもの。
それは正人のことをまっすぐに思っていいという、いわば妻ならではの特権だった。
人を愛することさえ、結婚によって自由にできなくなる。
素直に人を愛せる明美の感情が羨ましかった。
優和は自分の不自由な感情に同情した。



自分の愛する人がいる未来、それは優和の場合、どんな形であってもいいと思わなければならなかった。
でも明美はその形を自分が愛するべき人と自由に考えることができた。
それが未来を創造するときの違いで、未来に希望を抱ける違いだった。
明美にとって幸せになることを望むのは当然だった。
それは明美にとって普通のことだった。
でも優和が明美と同じ未来を望めば多くの犠牲を伴うことは明らかだった。



優和はこの時至極当たり前に正人との未来を望んでいたが、その前提にある自分の感情には鈍感だった。
ある意味、自分のことは実は自分でよくわからないとはこのことだった。
でも明らかに優和は明美との未来の違いに絶望しているのだった。
それは、優和にとって正人と別れを決意した自分の誤りを恨むべきか、明美だったからこの感情を抱いているのか分からなかった。
優和にとって、ただ正人を愛することは許されなかったのである。
そのために、なるべくその事態を認めず、その原因を探し出し、出来るだけ早くその事態を食い止めなければならなかった。





「正人に何を言ったの?」





明美は言い方を変えて、同じ質問を何度もしてきた。
まるで明美はその答えを知っていて、わざわざ優和の口からその答えを知りたいかのようだった。
その明美の執拗さは、母親という同類であったはずの二人の間にはっきり線引きした。
明美にとって正人との未来を望むことは当然で、優和にとって正人との未来を望むことは傲慢だった。
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