第28話 自分のことを好きにならない人に惹かれる理由

文字数 1,248文字

勇は起きていた。
明美の一言を最後にしばらく沈黙が続いていた。
勇には全て聞こえていた。
勇は、さっき優和が寝かしつけた時の体制のまま、横たわり、耳を澄ませていたのだった。



勇は本当のところ自分自身がどう思っているのかよく分かっていなかった。ただ正人についての感情が自然ではないことは分かっていた。
勇の関心は母親である優和だった。
それは関心と言うよりも、問題と言った方が良かったのかもしれない。



勇は、優和に愛されているという実感がなかった。
だから母親の愛情に飢え、優和からの愛情を常に求めていた。
そのための努力だったら大抵できた。
正人に対する態度も、優和の顔色を窺った結果だったのだ。


優和は、たしかに勇のあらゆることに問題なく答えてくれているようだったが、それは義務とも罪悪感とも受け取れた。
それは時に後悔とさえ思えるようなこともあった。
そしてまだ幼い勇にとって、それが何かは分からなかった。
ただ愛情ではないことは察していた。


それは正人に会うまでは分からなかった。
それまで勇は、ただなんとなく寂しいと感じているだけだった。
しかし、次第に正人と自分に対する感情が違うと分かった。
勇は、勇への感情は本物ではないと思った。
そして優和の関心は自分ではなく正人にあることにも気づいていた。



優和は、勇を言い訳に、その本物の気持ちと向き合うことから逃げていた。
優和が話した正人への洞察は本当はすべて優和自身のことだったのだ。
優和は都合よく考えることが行き過ぎていたが、また自分を守るために、完全に問題がすり替えられてしまっていた。
優和は正人と自分が同じだと思っていた。
その願いが正人への洞察になった。
しかし正人と優和は完全に違う人間だった。



優和は愛することも愛されることも怖かった。
だから自分のことを好きにならない人や自分のことを大切にしてくれない人に自然と惹かれた。
もちろん優和は愛されることを求めていて、それが自分に何よりも必要なことだという自覚もあった。
でも自分のことを本当に愛してくれる人が、どうしても無理だった。
自分でもそれがなぜだか分からなかったが、それは生理的に無理なくらいだった。
そしてそれはいわば幸せになることに臆病になっているというレベルではなかった。
幸せになることから自分を守っていたのだ。
それは優和の生きづらさがすでに優和自身となり、その優和らしさを保つためには幸せであることができなくなっていたからだった。
愛されることから避けることは、優和にとって自分を失わないために必要な防衛本能だったのだ。




そしてそれは自分が愛した人でも、自分の子どもでも例外はなかった。





優和が扉を開けた。
勇はまるで今起きたかのようなふりをした。
優和はその演技を受け入れた。
扉の奥には明美が見える。
明美は玄関の方を見た。
明美は予定よりも早く帰ってきた正人を気まずい表情で受け入れたのだった。
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