第31話 あなたの子どもと私の子ども

文字数 1,204文字

明美は妊娠していた。



それに気づいた時にはすでに40週を過ぎていた。
最初は生理が遅れているだけだと思っていたが、めったに風邪をひかない明美にしては珍しく微熱と吐き気が続いていた。
だから念のため、検査薬を試してみたのだった。
まだ正人には話していなかった。
どう話すべきか迷っていた。
以前、正人に嘘をついた時のことが話しづらい原因だった。
正人の反応の理由が分からなかった。
それは優和にしか分からないことだと思った。
それについて先日優和に聞こうと思っていたのに結局聞けなかったのだ。



あれから1か月経っていた。
あれ以来、優和とは連絡すらしていない。
そしてあの時のことは明美にとって過ぎた話だった。
あの時、優和は明美の言動に、やはり冷静だった。
その姿を見て、明美は今更ながら少し言い過ぎてしまったと反省していた。
そしてそのことについて、少し優和に謝っておきたいとさえ思っていた。
明美自身、たとえ感情的になったとはいえ、あれは言ってはいけないことだと思った。
明美は、自分には言っていいことと悪いことの分別があると信じたかった。




それに明美は少なからず母親としての優和を尊敬していた。
その優和に出産や子育ての経験について聞いてみたかったのだ。
それは都合のいい話だった。
でも明美はいつもそうだった。
だから大してあの時のことについて深く考えることもなく優和に会おうと思っていたのだった。





以前会った、優和の住んでいる場所から近いカフェで会うことにした。
なぜか勇はいなかった。
優和は近所の児童館に預けているのだと言った。
明美はなんとなくあの話の続きをされるのだと察した。





「あれからよく考えて、勇のことを正人に話そうと思って」





優和は、なぜか明美の妊娠に気づいていた。
明美の都合のいい性格をよく知っていたからだろう。
都合のいい明美が、優和に会いたいと思う理由を考えたら、明美の妊娠しか考えられなかった。





「あなたの子どもと私の子ども、正人はどっちを選ぶんだろうね」





目を見開いた明美に、冗談だとでも言うように、まるで少女のように笑うのだった。
そして優和の言いようが、語調の割に、少しよそよそしく感じられた。
それはいつもだったら「明美」と呼ぶところを、「あなた」と呼んでいるせいかもしれなかった。
明美はその優和のいいように、優和が明美のことを根に持っていることにようやく気付いた。
そんな優和の気持ちは全く配慮されることはなく、明美がいつもの調子でのこのこやってきたものだから、優和は否が応でも余計に気持ちが穏やかではなかった。




明美には、正人は分からない。
それを明美に分からせるための言葉を優和は持っていた。
そして明美が自信をなくすための言葉もよくわかっていた。
そう優和は自負していた。

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