第11話 本当の自分なんてない
文字数 1,881文字
「もうお互い嘘をつくのはやめよう」
明美からそう言われた時、正人は何のことを言われているのかまったく分からなかった。
正人は、自分が嘘をついていたのか自問自答した。
心当たりは全くなかった。
逃げていたと責められたら、きっとそうなんだと思った。
でも明美からと言うよりも、それは厳密にいうと、自分が父親になるということからだった。
正人は、いよいよ父親失格と言うレッテルが現実になることに耐えられなかった。
でも正人は嘘はついていなかった。
少なくとも、嘘をついたという自覚がなかった。
それに明美が嘘をついているなんて思ってもいなかった。
いったい自分はどんな嘘をついていて、明美の嘘は何だというのか。
正人はいよいよ自信がなくなった。
明美から見て、いったい正人の何が本当だというのだろうか。
正人自身、それくらい自分を見失っていた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「本当に私たちは一緒にいるべきなのかな?」
こんなはずじゃなかった。
明美はただ悲しかった。
明美は正人から避けられているのだと思い込んでいた。
そしてこれ以上無視され続けることに耐えられないと思っていた。
正人に自分の感情をぶつけた。
明美はただ正人の気持ちを確かめたかった。
というより、ただ明美のことを見てほしかったのだ。
「正人も一緒にいるべき相手は私じゃないと思っているんでしょう?」
明美は自分を止められなかった。
明美から思ってもない言葉がたくさん出て行った。
止まらなかった。
「最初からお互い無理をしていたんだと思うよ」
正人のことで明美が傷ついていた分、同じくらい正人のことも明美のことで傷つけたかった。
そして明美は確かに正人が明美のことで傷ついているのを知って安心した。
その時、初めて明美は正人が明美を無視できないことを知ったからだった。
確かに正人が傷ついていることに明美も傷ついていた。
でもそれ以上に明美は正人と一緒に傷つくことができて嬉しかった。
それくらい正人のことを愛していたのだった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
正人はただ明美のことを愛していた。
でも愛ゆえに、盲目になっていた。
その愛を信じすぎたのだ。
別の言葉で言うと、さぼっていた。
正人はもっと明美のことに気を掛けるべきだったのである。
正人は明美の言葉にただ驚くばかりだった。
明美はただ明美がどうしようもなく傷ついているということを受け止めてほしいだけだった。
だから明美が放つ棘のある言葉はどれも明美にとっては意味は持たなかった。
しかし正人にはそんな都合のいいことは分からなかった。
そして正人もついに冷静ではいられなくなった。
正人は思ってもいないことを感情的になって言ってしまった。
「じゃあ、どうする?」
明美は信じられないとでも言うかのように、正人の言葉を繰り返した。
明美は感情が凍り付き何も考えられなくなった。
ただその言葉の先をこれ以上考えることだけはしたくなかった。
明美は写真と目が合った。
写真はテレビの前にあるお気に入りの写真立てに入っていた。
そこには明美と正人が同じ顔をして笑っていた。
それは二人で尾瀬に行った時の写真だった。
シーズンはすっかり終わっていて、もう水芭蕉はあまり咲いていなかった。
その水芭蕉を見るために、奥の方まで歩いて行って危うくバスの時間に乗り遅れるところだったのだ。
おかげで休憩所のアイスを食べ損ねたが、本当に楽しかった。
あの時は本当に幸せだった。
明美は見ていられず、テレビの前に置いてあった写真立てを伏せようとした。
その時、明美の手が滑り、写真立ては落ちた。
それが正人には、わざと落としたように見えた。
その行動が正人には明美の答えに見えたのだった。
正人は耐えられず部屋から出た。
一人になって頭を冷やしたかった。
やっていいことと悪いことがある。
人には我慢の限界があるのだ。
お互い甘えすぎたのだ。
そしてどうしようもなく素直になれなかった。
正人がいなくなった部屋で、明美は一人、茫然と割れてしまった写真立てを見ていた。
あの頃は本当に幸せだった。
その幸せをどうしてもっと大事にできなかったんだろう。
明美は自分の愚かさが許せなかった。
その時だった。
正人のスマホが鳴った。
正人はスマホをソファに置いたままだった。
明美はスマホを見た。
スマホの画面には優和からの連絡だと表示されていた。
明美からそう言われた時、正人は何のことを言われているのかまったく分からなかった。
正人は、自分が嘘をついていたのか自問自答した。
心当たりは全くなかった。
逃げていたと責められたら、きっとそうなんだと思った。
でも明美からと言うよりも、それは厳密にいうと、自分が父親になるということからだった。
正人は、いよいよ父親失格と言うレッテルが現実になることに耐えられなかった。
でも正人は嘘はついていなかった。
少なくとも、嘘をついたという自覚がなかった。
それに明美が嘘をついているなんて思ってもいなかった。
いったい自分はどんな嘘をついていて、明美の嘘は何だというのか。
正人はいよいよ自信がなくなった。
明美から見て、いったい正人の何が本当だというのだろうか。
正人自身、それくらい自分を見失っていた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「本当に私たちは一緒にいるべきなのかな?」
こんなはずじゃなかった。
明美はただ悲しかった。
明美は正人から避けられているのだと思い込んでいた。
そしてこれ以上無視され続けることに耐えられないと思っていた。
正人に自分の感情をぶつけた。
明美はただ正人の気持ちを確かめたかった。
というより、ただ明美のことを見てほしかったのだ。
「正人も一緒にいるべき相手は私じゃないと思っているんでしょう?」
明美は自分を止められなかった。
明美から思ってもない言葉がたくさん出て行った。
止まらなかった。
「最初からお互い無理をしていたんだと思うよ」
正人のことで明美が傷ついていた分、同じくらい正人のことも明美のことで傷つけたかった。
そして明美は確かに正人が明美のことで傷ついているのを知って安心した。
その時、初めて明美は正人が明美を無視できないことを知ったからだった。
確かに正人が傷ついていることに明美も傷ついていた。
でもそれ以上に明美は正人と一緒に傷つくことができて嬉しかった。
それくらい正人のことを愛していたのだった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
正人はただ明美のことを愛していた。
でも愛ゆえに、盲目になっていた。
その愛を信じすぎたのだ。
別の言葉で言うと、さぼっていた。
正人はもっと明美のことに気を掛けるべきだったのである。
正人は明美の言葉にただ驚くばかりだった。
明美はただ明美がどうしようもなく傷ついているということを受け止めてほしいだけだった。
だから明美が放つ棘のある言葉はどれも明美にとっては意味は持たなかった。
しかし正人にはそんな都合のいいことは分からなかった。
そして正人もついに冷静ではいられなくなった。
正人は思ってもいないことを感情的になって言ってしまった。
「じゃあ、どうする?」
明美は信じられないとでも言うかのように、正人の言葉を繰り返した。
明美は感情が凍り付き何も考えられなくなった。
ただその言葉の先をこれ以上考えることだけはしたくなかった。
明美は写真と目が合った。
写真はテレビの前にあるお気に入りの写真立てに入っていた。
そこには明美と正人が同じ顔をして笑っていた。
それは二人で尾瀬に行った時の写真だった。
シーズンはすっかり終わっていて、もう水芭蕉はあまり咲いていなかった。
その水芭蕉を見るために、奥の方まで歩いて行って危うくバスの時間に乗り遅れるところだったのだ。
おかげで休憩所のアイスを食べ損ねたが、本当に楽しかった。
あの時は本当に幸せだった。
明美は見ていられず、テレビの前に置いてあった写真立てを伏せようとした。
その時、明美の手が滑り、写真立ては落ちた。
それが正人には、わざと落としたように見えた。
その行動が正人には明美の答えに見えたのだった。
正人は耐えられず部屋から出た。
一人になって頭を冷やしたかった。
やっていいことと悪いことがある。
人には我慢の限界があるのだ。
お互い甘えすぎたのだ。
そしてどうしようもなく素直になれなかった。
正人がいなくなった部屋で、明美は一人、茫然と割れてしまった写真立てを見ていた。
あの頃は本当に幸せだった。
その幸せをどうしてもっと大事にできなかったんだろう。
明美は自分の愚かさが許せなかった。
その時だった。
正人のスマホが鳴った。
正人はスマホをソファに置いたままだった。
明美はスマホを見た。
スマホの画面には優和からの連絡だと表示されていた。