第20話 もっと違う人生があったんじゃないか

文字数 1,362文字

優和は正人に会う前に明美に会うことにした。
直感的に何か事情があると思ったからだった。
その事情はきっと正人からは分からないと思った。




明美と会う日、勇も一緒だった。
優和の両親は頼れるような距離にいないため、優和は用事がある時でも、いつも勇と一緒に行動していた。
優和は会う前から後悔していた。
せっかくの休みに勇と公園に出かけられなかったことが気の毒でならなかった。
それでも勇は優和と一緒にいられるだけで嬉しそうだった。
そんな勇を見て、明美に対してあまり良くない感情を抱いてしまっている自分が申し訳なかった。





この人は自分の存在によって傷つけられている人がいることを知っているのだろうか?




それが優和が明美に会った時の最初の印象だった。





明美は相変わらず幸せそうだった。
それは天性といってもいいものだった。
いつも明美はちゃっかり幸せでいた。
というより幸せそうに見えた。
そして自分が幸せであることの有難さを大事にできていないように見えた。
優和はどちらかというと否定的に物事を捉えがちだったため、肯定的に物事を解釈できる明美が羨ましいと思っていた。
でも今回ばかりはそうは思えなかった。
優和はそれくらい余裕がなかった。
まるで幸せであることが当たり前なようなぞんざいな態度に腹が立った。


優和はいつも勇が幸せでいてくれることが幸せだと思っていた。
勇が幸せでいてくれるならば、自分の幸せまで望むのは、傲慢とさえ思えていた。
優和にとって、自分の幸せまで望むことは贅沢だった。
しかし、明美は当然のように自分が幸せでいることを求めていた。
そしてそこまで望むことなく、自分の幸せを享受できていた。
もしかしたら優和は明美でなければそこまで腹が立たなかったかもしれない。
そして優和はそんな感情にさせられたことさえ、明美のせいだと思っていた。



優和は子どもを産むことも、実の父親がいないことも、離婚したことも、全部自分の我儘だと思っていた。
だからこれ以上子どもを自分のことで我慢させてはいけないはずだった。
でも大変な時は大変だったのだ。
自業自得なことに弱音は許されない。
少しでも勇が幸せになれるように自分は努力しなければいけない。
前向きにならないといけない。
元来、否定的だった優和が前向きに考えようとするのは、ある意味自分を否定し続けることと同じだった。
だから自分と似た正人が明美の前で否定的なものの見方をするのが安心した。
この人は私だ。
そう思ったのだった。
正人といることは自分らしさを失わないために必要だった。
そうしてやっと自分を保ってきたのに、また優和の完璧な母親像がそれを許さなかった。
優和の中に安らぎは消えた。
でもそうしないと勇は幸せになれないと思ったのだ。




優和だって、幸せになりたかった。
優和は頑張っていた。
頑張り過ぎていた。



もっと違う人生があったんじゃないか。



こんな自分知りたくなかった。



その時、目の前で明美が屈託のない笑顔を見せていることに気づいた。
勇が心配そうに優和を見ていたため、明美が勇を元気づけようと笑顔を見せたのだった。
優和は心配させないように、無理に勇に笑顔を見せた。

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