第26話 父親になれない本当の理由

文字数 1,618文字

優和はどうしても明美に伝えなければならなかった。
それは勇のためだった。
優和にとって、それが勇の最善だった。





正人との不調和は、確かに最初は子育て観の違いだと思っていた。
でも次第に、優和には、正人が父親になれない本当の理由が分かってしまったのだった。





正人は父親になりきれていないわけではない。
父親ではなく、勇の父親になれていないのだ。



 
それは、正人がどうしても自分を好きになれないでいることが原因だった。
自分のことが好きになれない分、自分と似ている勇がどうしても受け入れられない。
それは自分の遺伝子に対して、生理的に拒否反応をしていると言ってもいいくらいだった。
好きになれればいいのだが、どうしても感情は嘘がつけない。
だからずっと正人は悩んでいた。
優和はその根本的な問題に気づいていた。





そしてそのことについて正人は気づいていない。
少なくとも核心には至っていないことは確かだった。
きっと正人自身もそれなりに悩むとは思うが、そのことについて優和が心配するようなことではないと思っていた。
問題は勇だ。
優和はどうしても勇にこの事実を隠さなければいけないと思った。







正人が知らなければ、勇は実の父親に捨てられたわけではなくなる。
優和は、もともといなかったのと、勇のことを知って去っていったのでは感じ方が違うのは分かっていた。
確かにそれも一理あったが、優和が勇に隠さなければならない本当の理由はそこではなかった。







それは勇が正人のことが好きだったからだ。
だからこそ、優和は正人とは勇を離れさせなければならないとも思っていた。
もしそうでなければ、無理に正人と勇を別れさせなくてもいいとも思っていた。
でも正人と勇の場合は、そういうわけにはいかなかった。
それは優和が実の親に愛されないこと程、報われない気持ちがないことをよく知っていたからである。





優和も家族の問題では悩んでいた。
優和はずっと自分が邪魔だと思っていた。
共働きの家庭で育った優和は、いつも家庭の雰囲気がイライラしていたことに気づいていた。
母親は父親が育児に非協力的なことにイライラしていた。
そしてその家庭の雰囲気が嫌で、父親はほとんど家に帰らなかった。
母親は、仕事に専念できず、自分がしたい仕事は諦めなくてはならなかった。
でもお互い離婚したくてもできなかった。
それらすべてが優和のせいになった。
優和は両親同士の愛情が、そして優和への愛情が離れていくのを感じた。
優和は自分の生きづらさの原因は少なからず、両親との関係にあることに気付いていた。





だからこそ、優和にとって、親の愛情を一心に受け取れることがどんなに必要なことか分かっていたはずだった。





優和にとって、親であるならば、子どもに対する愛情は絶対だった。
それこそ親の愛情こそ全てというくらいに、だ。





だから優和はその秘密をどうしても守ってほしかった。
優和は、いつか正人が大丈夫だと思える時、正人に真実を打ち明けられればいいとは思っていた。
でもそれは絶対に今じゃなかった。
明美に打ち明けたのは、秘密を守るために、明美に協力してもらう必要があったからだ。
優和は明美に正人がいつか自分で気づいてしまった時に、誤魔化してほしかった。
あるいは嘘をついてまでその秘密を貫いてほしかった。
優和は勇を守るために、どうしても秘密を徹底しなければならなかったのだ。







ちゃんと伝えられただろうか。



優和は目の前にいる明美をよく観察した。



もうすぐ勇が起きる時間だ。
それまでにできる話は全てできたつもりだ。
優和は出来る限り端的に、そして伝わりやすく話すために余分な話も適度に加えながら、明美に話したつもりだった。


時計は3時をまわるところだった。
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