第36話 答えがない質問

文字数 1,171文字

明美はどうしたら優和から正人の話を聞けるのか分からなかった。
もしかしたら本当に先日話したことが全てだったのかもしれない。
少なくとも優和の口から話せることは全てなのかもしれない。
そうだとしたら、明美が優和から聞こうとしていることは何なのか。
もうすでに明美は自分でも優和から何を聞き出したいのか分からなくなっていた。
明美はただ自分が優和から話されたことは間違いだと確信したかった。
明美の執拗な質問は、ただ明美の不安や、自信のなさを表していたにすぎなかった。


明美は正人に問題があるとしたら、どう寄り添えばいいか分からなかった。
正人が明美にしてくれたことを明美もただ正人にしたかった。
でもそれは簡単にできることではなかった。
正人にとって明美は何の役にも立っていないような気がした。
それは明美の理想の夫婦とは違っていた。
お互い支え合って生きていく。
当然のように使われる夫婦を形容する言葉が明美は腹立たしかった。
明美にとって夫婦のあたりまえの全てが難しかった。



明美は優和の立派すぎる存在にも焦っていた。
明美はたびたび正人の意識の中に優和を感じることがあった。
ある日、明美が保冷剤を捨てようとした時に、正人は何か言いたそうな顔をしていた。
いつもだったら流せるようなことでも、この時は正人が優和と明美の違いを見ていたことに気づいた。
きっと優和は保冷剤をあまり捨てなかったのだろう。
小さい保冷材は子どもの食べ物などを持ち運ぶときによく使えることは容易に想像できた。
明美は長い一人暮らしで、小さい冷凍庫を使っていたため、保冷剤はとっておくには優先順位が低かった。
それだけではなく正人が何か言いたそうな顔をしている時、いつも優和の面影があった。



明美は、正人があまりお酒を飲まない理由も、実は優和が関係していると思っていた。
お酒にあまり強くない正人は明美に優和との思い出を話してしまうことを恐れているのではないか。
それくらい、まだ正人の中では優和は特別で、今後も忘れられない存在であるような気がしていた。



それだけに正人と優和が問題にしていたことを越えられるのは、明美にとって意味のあることだった。
明美はかつての優和以上に自分が愛されているという自信がほしかった。
常に比べてしまう自分が嫌だった。
そしてそれは自分の問題だとも思っていた。
明美が優和にできなかったことができれば正人から愛される価値がある。
そう思えることが必要だった。
これから同じ母親として、もっと明美と優和は比べられるだろう。
何としてでも、明美は優和の母親らしさより、正人にいい評価をしてもらいたかった。



「明美はいったい何を知りたいの?」



そんな明美の心を見切ったように、優和は明美に質問するのだった。
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