第12話 お互い前を向いて歩きたかった

文字数 1,457文字

優和は正人に連絡するつもりは全くなかった。
だからまた優和から正人に連絡することになるなんて思いもしないことだった。


連絡をしたのはやっぱり子どものためだった。
子どもには父親が必要だ。
そしてその父親は、今の優和の子どもにとって正人だった。
優和の子ども、勇(いさむ)は2歳0か月から正人と一緒に暮らすようになった。
3歳8か月の時に、優和と正人が離婚したから、一緒にいたのは2年も満たない。
しかし勇にとって、正人が父親になるには十分な時間だった。


勇が4歳になる誕生日に、勇は正人に怒っていた。
勇は、最初「パパとシンカリオンを約束をした」と言っていた。
だから明美は正人からお誕生日にシンカリオンをもらう約束を守ってもらえなかったことを怒っているのだと思っていた。
しかし本当は勇は正人が約束を守ってくれなかったことを怒っているのではなく、ただ父親である正人が急にいなくなってしまったことが悲しかったのだった。
誕生日の日、勇は何も食べず、ただ布団の中にくるまって泣いていた。
楽しみにしていたケーキやカレーライスには一切手をつけなかった。
そしてそのまま泣きつかれて眠ってしまったのだった。



優和は勇に、優和と正人が離婚したことを話したつもりだった。
まだ3歳の子どもに、優和の話す言葉がどこまで通じているか分からなかった。
でも優和は勇のことをまだ3歳になる子どもとしてではなく、もう3歳になる人として接することに決めた。
だから勇に分かるように、すべて話し、すべて答えるつもりで、伝えた。
その時、勇は納得したように見えた。
決して父親がいなくなってしまったことについて、自分の感情を見せることはなかった。
その勇の姿に優和は少し心配でもあったが、頼もしくも感じてしまったのだった。
「私もこの子を守るためにもっとしっかりしないと」
優和も心を奮い立たせたものだった。




その勇が、誕生日の日、「パパに会いたい」と言い、泣き続けた。
勇は、優和と正人が離婚してから、一切父親のことをまったく話さなかった。
今まであえて父親のことを考えないようにしていたのかもしれない。
優和のことを気遣ってくれたのかもしれない。
やっぱり無理をしていたのだ。
父親のことを思い出してしまい、父親への思いが止まらなくなってしまったのだ。
やっぱりまだ勇には父親が必要だ。
優和は正人に連絡を送ろうと、スマホを手に取った。
優和は正人にこれから勇に会い続けてほしいわけではなかった。
ただ正人にちゃんと勇とお別れをしてほしかったのだ。
そしてお互い前を向いて歩きたかった。
優和は正人に連絡を送った。



優和「勇に会ってほしい」



優和は連絡を送ってから後悔した。
内容が直接的過ぎると思ったからだった。
これで無視でもされようならば、優和は正人のことを到底許せるものではないと思った。
でもそれは父親ではない正人に責めるべきことでもないと思った。
もっと違う言い方をすればよかったと思った。
どうしても無視できない別の用事を持ち出して連絡するぐらいのことをしておけばよかった。
でも優和はそんなことに気づく余裕がないくらい、子どものことが気の毒でならなかった。
「全部、自分のせいだ」
優和は悲しかった。



すぐに既読になり返事が返ってきた。




正人「もう連絡しないで」





優和は信じられなかった。
しばらく泣いていなかった目から涙が出てきた。
それくらい悔しかったのだ。
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