第40話 不器用な人

文字数 1,423文字

正人は明美のことが好きじゃないわけではなかった。
というよりも正人は明美のことを愛していた。
確かに理解できないことはあった。




明美は何かと正人に触れようとしてくるが、正人には触れられたくない時があった。
一人になりたい時もあったし、何もしゃべりたくない時もあった。
正人はどちらかというと夫婦であっても、自分は自分だった。
でも明美にとっては夫婦であれば、自分は相手と同じだと思っていた。
そういう違いが明美にとって夫婦なのによそよそしいと感じさせていることも知っていた。



でもそれくらい普通だとも思っていた。
夫婦だからこそ、我慢しなければならない問題もある。
明美に対しては、それくらいに思っていた。
だから明美と距離を取って考えたかったのは明美との問題ではなかった。
それは正人自身の問題だった。
正人は自分の明美への態度を反省していた。
今後もこの問題を保留し続けたら、後悔することは間違いなかった。
正人はまだ優和への簡単ではない気持ちも整理しなければならないと思っていた。




言葉が少ない正人の気持ちは当然明美に伝わることはなかった。
正人はこの問題を明美に分かってもらいたいわけではなかった。
正人はこの問題と真剣に向き合うことが必要だと思っていたが、明美に助けてもらいたいわけでもなかった。
正人はできれば明美に心配を掛けたくなかった。
そしてこの問題に巻き込みたくなかった。
確かにそういう気持ちもないことはなかったが、本当の理由はそうじゃなかった。
正人はこの問題は自分の問題だと思っていたのだ。
明美の問題ではなく自分の問題だ、と。






それにも関わらず、明美は正人の気持ちを慮ることはなかった。
明美にとっては正人の問題は明美の問題だった。
正人の問題に積極的に関与してくる明美に腹が立った。
その無神経な態度に何度冷たい態度をとったことか。
でも正人は明美のことを愛していた。
頭で感じることと心が感じることは必ずしも一致しているわけではなかった。
正人は明美に対して頭で感じる不快感に心が傷ついた。
そしてそれが最近たびたび起こり、正人は参っていたのだ。





本来であれば、正人は干渉されることが何よりも嫌いだった。
そして当然干渉してくる人は嫌いだった。
自分の気持ちを詮索されることも、簡単に共感されることも好きじゃなかった。
正人はある意味神経質で柔軟ではなかった。
それに関しては、自分でも気難しい性格だとよく知っているつもりだった。


明美は、正人が嫌いだったことのほぼすべてが当てはまったが、嫌いにはならなかった。
確かに明美の無神経だと思ってしまう態度とそう感じてしまう自分に疲れてしまうことはあった。
でも明美のことは嫌いになれなかった。
というよりも、今までの自分が嫌いになった。
それは正人が明美のことを自分のこと以上に愛していたからだった。
明美への気持ちはどうしようもないものだった。
ある意味、正人が感じていることと、正人の気持ちは相反するものだった。
それは理屈ではなかった。
正人は明美のために変わりたかった。
明美とこれからも一緒にいられる自分に変わりたかったのである。
でも正人はこの気持ちを伝える術がなかった。



正人は明美との不調和の全てに気づいていたが、それを明美にどう伝えればいいか、ただ分からなかったのである。










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