第38話 未来を生きる

文字数 1,370文字

明美は何も答えられなかった。
それは明美が正人にふさわしくない人間だと認めたようなものだった。
ただ好きだと声高に叫んでいるだけの自分に腹が立った。
そもそも正人が分からないから優和に聞きたかったのだ。
そういう努力ができるということではなく、そもそもそういう努力をしなければ分からないということが違ったのだ。




明美が正人と一緒にいることで、正人の可能性を狭めてしまっているのではないか。
正人の脚を引っ張ってしまっているだけではないか。
途方もなく落ちていく自分の感情にまた正人を求めている。
明美はもはや自分のことを励ますことすら自分ではできなかった。 

 



そもそも明美はどうして正人に対してこんなに自信がないのか。
それは何か心当たりがあるからではないのか。
明美はその真実から目を逸らしてきたのではないか。
明美は最近の正人に対して違和感を覚えていた自分をもう誤魔化すことはできなかった。
正人は、本当は明美の嘘を許してくれてないんじゃないか。
許してくれるかどうかの問題ではなくて、もうあれから明美のことを信用できなくなっているのではないか。
何もかも明美の都合のいいように考えていただけで、本当は明美と正人の関係は最悪なんじゃないか。
明美はようやく本質と向き合っていた。
そもそも優和と正人との関係ではなく、明美と正人との関係についてちゃんと考えるべきだったのだ。
いま本当に考えなければいけないのは、明美と正人との問題だ。







その時、テーブルに置かれたものが目に入った。
明美の目の前には麦茶が置かれていた。
その明美らしくない飲み物はお腹の中にいる子どものことを思ってのことだった。
明美はお腹の子のことを思った。
私はもう一人じゃないんだ。







「私は正人を変えることができる」







明美は強くなった。







「正人は優和が思うような人じゃない」







明美は自分の言葉に励まされていた。
優和に話しながら、自分の知りたかったことを知った。
明美は明美がずっとなりたかった自分になればいいと思った。
今までの自分より、今の自分だ。
それは正人と二人だったら、もっとできるような気がする。
それでいいと思った。
お互いよく理解し合えるような関係には憧れるけど、私たちの場合は二人で一緒にいるからこそできることがある関係になろう。







「正人がどんな人だって決めつけないで、ずっと一緒に変わっていける」







明美は正人との明るい未来に意気込んでいた。
もう優和の見透かしたような顔を見ても、自信を失うことはなかった。
優和はしばらく明美を見ていたが、それ以上何も言ってくることはなかった。
それは明美には何も言えなかったから言わなかったのか、何か言おうとしたことを言うのをやめたのか分からなかった。
でもどちらでもよかった。
正人との関係に優和は必要ない。
明美にとってそう思えることが全てだったのだ。
明美はもうこれ以上優和と会うことをやめようと思った。
過去の正人ではなく、今の正人を知ればいい。
そしてこれからを一緒に知っていけばいい。
正人は正人なのだ。
明美は自分が知れる正人だけでいい。
その時、明美は未来に生きていた。
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