第34話 普通なんてない

文字数 1,013文字

明美は優和が話す正人の事情を全く信じていなかったが、それは信じるわけにはいかなかったからだった。
優和のいう正人の事情を認めることは、正人との未来を諦めることだった。
だから優和の言い分を正すことが、明美の希望だったのだ。



それは正人が明美にしてくれたことだった。
明美は正人と出会う前までは、自分に自信を失い、自分で自分を否定していた。
そしていつの間にか、その嫌な自分が自分だと思い込んでいた。
そんな明美に、そうじゃない明美を教えてくれたのは正人だった。
正人は明美自らも知らなかった明美を引き出してくれた。
そしてあたかも最初からそれが明美だったかのように、その明美を信じてくれた。
そのおかげで明美自身、今までの自分はすっかり忘れ、正人といる時の自分こそ、本来の自分だったと思い込んでいた。
しかしそれはもともと明美がそうだったのではなくて、正人がしてくれたことだった。
だから今度はそれを明美が正人にする番だと思っていた。
そして明美はそれが嬉しかった。



明美と正人は最初からいろんなことが普通だった。
正人が明美を好きなことは普通で、明美も正人が好きなことが普通だった。
正人との恋愛は明美の理想とは全く違った。
例えばロマンチックなことは一切なかった。
そしてこれからもきっとロマンチックなことは望めないかもしれなかったけど、それでもよかった。
それは諦めたわけでも、妥協したわけでもない。
今まで明美が知っていた恋とか愛とかはどうでもいいと思えた。
それが正人との関係だった。



正人とは、好きとか嫌いとか感情的なもので一緒にい続けているというよりも、あたかも一緒にいるのが決まっていたことに諦める感じだった。
それくらいお互い最初から一緒にいるのが普通で、これからもずっと一緒にいるのが普通だった。
明美と正人は全く違う人間だったが、それは自分を完璧に理解できないのと同じことだった。





本当とか嘘とかそれを考えることは一人ではできないけど、明美は正人との関係には嘘がないと思っていた。
少なくとも明美が知る正人は、優和の話す正人とは違った。





自分のためではなく誰かのためにする行動は明美を強くした。
それが正人や自分の子どものためとなれば、なおさらだった。
それはもしかしたら明美の母親になった変化かもしれなかった。
でもそれは正人との関係性のおかげでもあったのだった。
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