第22話 父親らしさの先に何があるというのか

文字数 1,475文字

優和と直接会うのは半年ぶりだった。
勇も一緒だったが、正人は優和の姿に一瞬目を奪われた。



優和はやっぱり綺麗だと思った。
その美貌から一見近寄りがたいイメージがあるが、誰とでも打ち解けられるくらいコミュニケーション能力が高い。
それは自頭がいいせいだった。
機転が利き、洞察力もいいので、相手のことをよく気遣え、相手は気持ちよく会話ができる。
それにもかかわらず、自己肯定感が極端に低いところが、危なっかしく見えるため、モテない方がおかしかった。
優和の闇は深かったが、それすら愛おしく感じさせてしまう程、不思議な魅力があった。



朝ではあったが、週末ということもあって、やはり人は多かった。
並ぶことはなかったが、ほぼ席は埋まっていた。
この喫茶店はそれぞれ席が独立しているため、個室とは言わないまでも、他の客とはいい距離感がとれ、話しやすい。
メニューも、優和が心置きなく勇に与えられるくらいのものは揃っていた。
その分少し金額は高かったが、勇が飲むであろうジュースは果汁をその度に絞っていた。
勇はやはりオレンジジュースを頼んだ。
正人はアイスコーヒー、優和はブレンドコーヒーを頼んだ。
正人は優和が変わらずブレンドコーヒーを頼んだことに、正人が知っているままの優和で安心した。




あいかわらず、優和は自分に厳しく、会話の節々から、自分のことを極端に低く、評価していることが分かった。
それでいて、否定的過ぎることはなく、人に気を遣わせない程度に収めている。
それこそ、洗練された慎ましさだと思った。
正人は自分が過去に優和と結婚していたことを誇らしく感じた。





勇はオレンジジュースを飲みほした後、ストローの袋で遊ぶことはなく、正人の手を取り、遊びだした。
優和は勇のことをしばらく眺めていたが、意を決したように正人のことを見た。
正人は急に優和に話を聞いてほしくなった。
本当はずっと聞いてほしかった。
だから今日、正人は優和に会おうと思ったのだ。
でもいざ本当に聞こうと思った時、どうしても言葉が出なかった。
代わりに優和が口を開いた。





「勇はパパに何か聞きたいことがあるんじゃないの?」





勇は最初遊んでいた正人の手を見つめていた。
しばらく黙ったままだったが、ついに口を開いた。





「パパはもうパパじゃないの?」





勇は、正人の手で遊び続けながら、正人の答えを待っていた。
正人はただただ勇に手で遊ばせていた。
そして勇を抱きしめたい衝動を抑え、正人は正人の手で遊ぶ勇を止めた。
勇の手を握りしめた。
いやせめて手を握りしめるくらいのことはしたかった。
でもそれをすることすら、もはや今の正人にとっては無責任な行動でしかなかった。
それでもいいと思った。
でも正人にはどうしてもできなかった。
それが正人の父親らしさだった。
父親は中途半端ではならなかった。
それはある意味優和の父親らしさでもあった。
でもそんな大人の都合が子どもを傷つけ、自らも傷つけることになった。
そんな父親らしさの先に何があるというのか。
だったら偽善でもよかったんじゃないか。
正人の代わりに優和が勇の手を握りしめる。
正人はそれでよかったと自分を言い聞かせることしかできなかった。
優和と目が合った。
その目は子どもを心配する目ではあったが、正人を責めるような目ではなかった。
やはりたとえそれが子どもを傷つけることになったとしても、正人が中途半端に父親をすることは許されなかったのだった。


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