第3話 自分の人生からは逃げられない

文字数 1,675文字

神様は見ている。
決して自分の人生から逃げることなどできない。
明美はそう思わざるを得なかった。

夫、正人の元妻が優和(ゆな)だと知ったのは、突然のことだった。

日曜日、正人の仕事が休みの日だった。
外は雨が降っていた。
家でDVDを見た後、ネットショップで部屋のカーテンを選んでいた。
正人が選んだカーテンを見せてくれた時だった。
正人のスマホの画面上にラインのメッセージが表示された。
ラインのメッセージの相手は「優和」だった。
一瞬にしてその場の空気が凍り付いた。
正人は、元妻と連絡のやり取りをしているのを知られ、どう弁解すればいいか困惑した。
明美は、思い出したくもない「優和」という文字に、封印していた記憶が無理やりこじ開けられ、心が凍り付いた。





優和は、明美の高校の同級生である。
優和は頭が良かった。
ただ普通の頭がいいというのではなかった。
人に好かれる天才なのだ。
明美から見て、優和は容姿が悪いとまではいかないが、決して容姿がいいとは思えなかった。
優和の鼻の下には大きいホクロがあったが、明美はそのホクロが、少しおばさん臭く感じさせていると思っていた。
しかし容姿に関係なく、なぜか男女問わず、みんな優和のことが好きだった。
優和はいつもクラスの中心にいた。
それは気遣いができるからとか、明るい性格のせいだとか、そういう理由では考えられない、何かカリスマ的なものだった。


高校1年から3年まで、明美と優和は同じクラスであったが、高校1年の時は、明美が特に仲良くしている子は別にいた。
だから高校1年までは、安全地帯にいて、直接は優和の狂気に関わらなくてすんだ。


異変に気付いたのは、高校1年の夏休みに入る前くらいだった。
優和と特に仲良くしていたはずのA子が1人で、お弁当を食べていた。
優和は、別の子達と一緒に楽しそうにお弁当を食べていた。


それから2、3日経ったある放課後、優和と何人かの女子が楽しそうに話していた。
要は、A子の代わりに、A子の好きな人へ告白したというのだった。
みんなはA子を傷つけないために告白したというのだった。
みんなの無理やりな言い分に理解できず、明美は混乱したのだが、それ以上にみんなの嬉々爛々とした表情に凍り付いてしまった。
当然、望んでもないその告白に、当のA子は泣きながら激怒したのだが、みんなはその反応を共有し、笑いものにしていた。
明美はその時、明らかにおかしい状況に、本能的に危機感を覚え、これ以上関わらない方がいいと思ったのだった。

それは狂気というべきものだった。
生まれ持った悪意が解き放たれていた。
明美はその時、その悪意に理由などないことを悟った。
みんな悪意を発散させ、一致団結していた。
それは清々しいほど、輝き、生き生きしていたのだ。

その時、明美は優和の正体を知った。
優和は、人の悪意を引き出す天才だったのだ。





正人は、絶句している明美に、弁解するように話した。


「優和は元妻で、子どもの写真を送ってもらっている」


明美は恐れていた現実がいよいよ現実になろうとしていることに耐えられず目を瞑り、大きく深呼吸をした。
正人は想像以上に明美が動揺していたので、どうしていいか分からず安心させようと余計に喋った。

「子どもは優和の連れ子でもともと自分の子どもではなかったから話さなかったんだ。だけれども、子どもが2歳の時から一緒にいるから、自分のことを父親だと思っている。だから・・・」

明美は言葉に詰まる正人を待った。



明美は優和と少しも関りたくなかった。
それを何よりも恐れ、遠く遠く生きられるように、それだけは守って生きてこれていたのだ。
自分を守るために、絶対関わらない方がいい。



すると正人はおそるおそる話した。





「だから、定期的に子どもに会おうと思っている」





相談するのではなく、もう決定したことを告げる正人の言葉に明美は同意する以外の返事は与えられていなかった。

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