第9話 でもそれはすべて明美の願望だった

文字数 1,099文字

明美は後悔していた。
明美は妊娠していると言えば、もう優和とは会わないでくれると思った。
明美はただ正人に優和と関わってほしくなかっただけだった。
そのためならどんな嘘でも許されると思った。


正人は何も分かっていない。
明美はそう思っていた。
たとえ明美が正人に優和がどんな人か伝えたところで、それは何も知らない正人に到底伝えられるものではないと思っていた。
今の状況からだと元妻に対する嫉妬とすら受け取られてしまうような気がした。
そして何より明美自身、正人が簡単に人のことを悪く思えない性分だということはよくわかっていた。
正人は人が良すぎるのだ。
だから優和に付け込まれてしまっている。
正人を助けなければならない。
明美自身、優和と関わりたくないという気持ちが強かったが、それ以上に正人のことが心配だったのだ。


でもそれは違った。
問題は明美だったのだ。
正人にとって優和は大事だ。
部外者は明美だったのだ。
誰にだって理解者はいる。
その理解者が優和にとっての正人だったのだ。
正人にとっての明美ではない。
明美は正人にとっての理解者になりたかった。
そして明美は正人が明美にとっての理解者だと信じていた。





初めて会った時から、正人は他の誰とも違っていた。
明美は最初、それが何か分からなかった。
ある時、正人の答えにはいつも明美がいることに気づいた。

明美だったらどうしたい?
明美は何が好きなの?

明美からの正人への質問は、正人から明美への質問になった。
それは明美が将来正人と一緒にいるという前提の答えになっていた。



明美は誰かと一緒に生きたかった。
ただ明美自身その気持ちには正人と出会う前には知らなかった。



正人との結婚は、明美の理想とは全然違っていた。
明美は、ウェディングドレスを着たり、結婚指輪を一緒に見に行ったり、入籍日をいつにするか決めたりすることは当たり前だと思っていた。
プロポーズの言葉がないなんて、そんなこと有り得ないと思っていた。



でもそんなことはどうでもよかった。




正人にとって明美と一緒にいることは当たり前だった。
それは明美にとっても同じだった。
結婚はその延長線上にあっただけだ。


そうじゃなかったのか。


正人は、明美のことを信じていた。
明美も正人を信じていた。
だから正人と明美にわざわざ言葉は必要なかった。


でもそれはすべて明美の願望だった。



明美は目を覚ました。
隣に寝ていたはずの正人がいない。
明美は正人が寝ていた場所をそっと触った。
そこにはもう正人の温もりはなかった。
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