第13話 明美が正人に感じた温かさは、正人自身がずっと求めていたものだった

文字数 1,349文字

明美と正人の住む2LDKのこじんまりとしたリビングに明美はいた。
築年数は40年以上経っていたが、改装されていたため、そこまで古くは見えない。
テレビの前には先ほど明美が割ってしまった写真立てがある。
その写真立ては、正人の親友が結婚祝いにプレゼントしてくれたものだった。
正人の親友に、明美が紹介されたのは3回目のデートの時だった。
その彼が正人が女性を紹介するのは初めてだと話していたのが嬉しかった。
彼は、正人とは雰囲気が真逆で、タバコもお酒もよく嗜み、饒舌だった。
正人がトイレに行き、二人きりになった時のことだ。
その彼が明美に単刀直入に聞いてきた。
「正人のことが好きなの?」
明美は、まだ正人と会うのは3回目だったが、それについては迷うことなく答えたような気がする。
恥ずかしかった。
そして彼はさらに質問してきた。
「中国人だけど大丈夫?」
その質問にはなんて答えただろう。
明美はなぜか思い出せなかった。
でも彼がさらに聞いた質問は覚えていた。
「親には話した?」
正人は5歳の時に日本に来て、幼稚園の時はまったく日本語をしゃべることができなかったと話していた。
そして小学校の時はあまりいい思い出がなかったようだった。
親友だと紹介してくれた彼も、小学生の時は正人をいじめていた一人だったらしい。
明美が正人に感じた温かさは、正人自身がずっと求めていたものだったんだと思った。



テレビは独身の時から正人が使っていたもので、1人で使うには割と大きかった。
正人はお金の使い道がないからと話していた。
正人は週末に友達と食事に出かけりすることはしなかった。
趣味も、健康のため市民プールで泳ぎに行くくらいで、それ以外にどこかに出かけることはなかった。
実家が自営業で、その会社で正人は勤めていたため、従業員はほぼ家族同様で、友達のように付き合える人はいない。
そして週末も土日のどちらかは仕事をしていた。



テレビの前にはソファがある。
それも正人の持ち物だった。
明美と同居するために、正人が選び、購入した。
明美はその時、自分も一緒に選びたかったと思った。



部屋からは正人の気配がした。
明美はもう懐かしかった。
明美は割れた写真立てに収まっている写真を見た。
部屋からは聞きたくなくても二人の思い出が伝わってくる。
正人にとって、明美は特別だった。
それは明美も分かっていたはずだった。



明美はソファの上にある正人のスマホを取った。
ロックがかかっていた。
明美は暗証番号を知らなかったが、試しに自分の誕生日を入れた。
ロックが開いた。
明美は切なかった。
明美は知りたくなかったが、知らなければならないと思った。
深呼吸をし、ラインを開いた。
優和との今までの連絡のやりとりが目に入ってきた。
一気に見た。



目の前の霧が晴れた。
明美は息が詰まった。
明美は正人のことを誤解していたことを知った。
そして優和からの連絡に返し、優和をブロックし、削除した。
優和への連絡に返すことも、ブロックし削除することも、迷うことはなかった
明美は優和に対して、もう何も感じなかった。
スマホを胸に大事に抱いた。
そして正人のいる部屋に行き、正人に抱きついた。
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