第41話 諦めなければならない時

文字数 998文字

明美はこういう時どうすべきか、もはや分からなかった。
さっきまであんなに意気込んでいた明美はどこに行ったのか。
自分の愚かさを悔いることに何の意味もなかった。
でも明美はそのさっきまでの明美を軽蔑することしかできなかった。




嫌悪感。

私が何かしたのだろうか。

拒絶。

正人は他に好きな人でもいるのだろうか。

明美は正人の行動の意味が分からなかった。
好きな人に触れたくなる明美からしたら正人の行動は理解不能だった。




好きな人だとしたら、優和しか思いつかなかった。
もし勇が正人の子どもだと知ったら正人はどう思うのだろうか。
もし明美の子どもがいると知ったら正人はどう思うのだろうか。




「あなたの子どもと私の子ども、正人はどっちを選ぶんだろうね」
あの時の優和の声が明美の頭の中にこだました。
優和は知っていたんだ。
知らなかったのは自分だけだったんじゃないか。
明美はもう何回自分の愚かさを悔いたか分からなかった。
もし正人が勇を選んだら明美は正人のことを絶対に許せないと思った。
怒り狂って何をするか分からなかった。
そんな未来ならいらない。




明美は自分の子どもが父親に選ばれない可能性は断ちたかった。
明美は妊娠していることを正人に話すのをやめた。
その代わり、優和の告白を明美がしようと思った。
それはある意味優和に対する報復でもあったが、親になる正人がどんな顔をするか見たかった。
それがたとえ明美の子どもではないとしても、明美は正人の父親である顔を見ればすべて許せるような気がしたからだ。


それで終わりにしよう。
明美は大きくため息をついた。
急に悲しくなった。
簡単だ。
夫婦になるのも、夫婦であることをやめるのも、こんなに簡単だとは思わなかった。
明美が何よりもこだわってきたものが、こんなにもあっけなくなくなってしまうなんて知らなかった。
夫婦は自分の努力だけではどうにもならない。
嫌が応でも諦めなければならない時があるのだ。
頑張る余地さえなかった。
こんな気持ち知りたくなかった。




さっきまで何も知らず能天気な明美が恨めしかった。
不思議と正人のことを恨めしいとは思わなかった。
明美はただ自分の子どもに父親に愛されることを知ってほしかった。
それが叶わないのが遣り切れなくて、自分の子どもに対して申し訳なく思うのだった。
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