第三十話、昔話

文字数 1,962文字

「その昔、夜に飛ぶ変わったカラスがおった。二匹のつがいのカラスで、夜の空、真っ黒な体で、獲物を探し飛び回っていた。ある夜のことだった。メスのカラスが、空の上から声を聞いた。きれいな星は、いらんかね。と、メスのカラスが見上げると、一匹の蜘蛛が夜空にゆらゆらと浮いていた。あら、きれいな星ね。いただけるの? メスのカラスが問いかけると。蜘蛛は、ああー、もちろんだよ。こっちにおいでー。と言った。メスのカラスは夜空を上へ上へと羽ばたいた。やがて蜘蛛の元へたどり着くと、メスのカラスの体は動かなくなった。星々に張っていた蜘蛛の糸がカラスの体に絡みついたのだ。メスのカラスは声を上げようとしたが、蜘蛛の糸がくちばしに絡んで声は出なかった。蜘蛛はカラスにゆっくりと近づき、真っ黒な、きれいなカラスだー。と笑った。メスのカラスが居ないことに気づいたオスのカラスはメスのカラスを探し、飛び回った。だが見つからなかった。いつも、獲物を探すため下ばかり見ているオスのカラスは、星空を見上げるという発想がなかった。下ばかり見ていると、上にある大切な物に気づかず、上ばかり見ていると下にある大切な物に気づかない。そういうお話しじゃ」


 テレーズ市から二十キロほど離れた北東にある山村に、イーサンとエドワードは来ていた。夜空に浮かぶ怪しい人影の目撃情報をたどっていくうちに、この村にたどり着いた。ここにたどり着くまで一ヶ月はかかっている。


「ご老人、その話は、いつ頃からある話なんですか」


 夜中に飛んでいる人影を見たことは無いかと、聞いたところ、出てきた話がこれである。


「さて、わしが、子供の頃に、親から聞いた話じゃからのう。古いのは間違いない」


「そのカラスがあれか、吸血鬼をあらわしているってことか」


「どうじゃろうのう。この辺りは自然豊かな場所だ。フクロウやコウモリが夜中に飛んでいても、たいして珍しくもない。夜中に飛ぶ怪しい人影と聞いて、ふと思いだした話をしたまでじゃ。あっはっはっはっ」


 老人はゆかいそうに笑った。








「また山奥だな」


 エドワードは草を食んでいる馬の鬣をなでながら言った。イーサンとエドワードはここに来るために馬を二頭借りた。乗り合い馬車も通っているが、三日に一度ほどしか来ていないため、馬を借りた。

「空を飛べるなら、人里離れた山の方が、見つかりにくいからね」


 イーサンは疲れた表情を見せた。


「この辺りにいるのかね」


「最近の話も、古い目撃談も、この辺りを中心に存在している。可能性はある」


 夜警やホームレスの目撃情報も、この辺りに向かっている。


「じいさんや、ばあさんの昔話なんて当てになるのか」


「ポーラ・リドゲードの年齢が二百歳前後だとすると、村の古老の昔話も当てにならないわけではない。昔から、吸血鬼が居る土地には、不思議な伝承話が多いものだよ」


 昔、己が住んでいた土地でもおかしな伝承話が伝わっていたことをイーサンは思い出した。真夏にあらわれた数ヶ月もとけない氷の柱、雷に打たれ虫のように落ちてきた天使の群れ。全く身に覚えがないものもあれば、少し身に覚えがあるものもあった。


「元々は、この辺りに住んでいたかもしれないな。田舎暮らしに飽きて、ちょっぴり都会にお引っ越し、わからなくはないな、こんな山ん中で一人でいたくないよな」


「人恋しくなって町に出たか」


「長生きするのも考えものだな」
「おもしろいこともいろいろあるもんだよ」
 かすかに笑った。

「あれから、ポーラ・リドゲードは一度も襲撃してこないが、報復はあきらめたのかな」


「どうだろう。あきらめたかもしれないし、とんでもない大虐殺の準備中かもしれない。だがまぁ、あまりやり過ぎると、他の吸血鬼から怒られたりもするからね」


「へぇ、そういうのあるんだ」


「吸血鬼に対する取り締まりが強化されれば、困るのは吸血鬼だ。そこは吸血鬼も避けたいと思うものだ。吸血鬼は元は人間だ。人をむやみに殺す吸血鬼のことを好ましく思わない吸血鬼もいる」


「寂しがり屋の田舎娘が居れば、人間に戻っちまった吸血鬼も居る。いろいろあるもんだな、吸血鬼も」


 イーサンを見ながら言った。

「そういうもんだね。村の役場で、この辺りの山の所有者を調べてみたら、気になることがわかった」


「なんだ。変な昔話ならもういらないぞ」


 エドワードは顔をしかめた。


「一つだけ所有者が、よくわからない山があった。数年前に、役場で、付近の山の所有者が生きているかどうか確かめるため、調べてみたそうだ。マント社という会社が所有している山なのだが、住所がある町に行っても存在せず、よくわからなかったそうだ」


「その山に、吸血鬼がいるかもしれないって話か」


「わからないが、可能性があるなら、調べなきゃならんだろうね」


 イーサンは山々を見上げため息をついた。


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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